六韜を読む · 02

『六韜』の五材——将に求める勇・智・仁・信・忠

『六韜』の「論将」は、戦い方より先に人を選びます。将に必要なのは、勇だけではありません。智、仁、信、忠までそろえて「五材」と呼びます。

今回の一節の新規現代語訳

武王が太公に尋ねました。「将を論じるには、何を基準にすればよいでしょうか」
太公が答えました。「将には五つの資質と十の過ちがあります」
武王が言いました。「その項目をお尋ねします」
太公が答えました。「五つの資質とは、勇、智、仁、信、忠です」

『六韜』龍韜、第十九「論将」の書き出しです。将を選ぶ基準を問うと、太公は五材と十過を対にして答えます。この後、五材の働きと十過の中身が順に説かれます。

原文

武王問太公曰:「論將之道奈何?」
太公曰:「將有五材十過。」
武王曰:「敢問其目。」
太公曰:「所謂五材者,勇、智、仁、信、忠也。」

『六韜』龍韜、第十九「論将」冒頭の四行です。句読点を除いて四十二字あります。汪桓訂正『標題武経七書全文』巻七に当たる箇所です。

語句の注


  • 兵を預かり、指揮する者です。同篇の後半では、国を支える者として任命を慎重にするよう説きます。
  • 五材
    将に備わる五つの資質です。「材」には、役に立つ力や持ち味という響きがあります。
  • 十過
    将が陥りやすい十の過ちです。欠点だけでなく、長所が行き過ぎた姿も含まれます。
  • 勇・智・仁・信・忠
    行動、判断、人への接し方、言葉の確かさ、仕える相手への心を分けて数えています。
  • 敢えて其の目を問う
    項目を一つずつ教えてほしい、という問答の言い回しです。

武勇だけを見ない

将を選ぶ場面では、強さが目につきます。恐れずに進む。危険な所でも退かない。人より先に決断する。どれも勇に関わります。

ところが「論将」は、勇で止まりません。続いて智、仁、信、忠を挙げます。五つです。

刀槍の腕前も、兵の多さも、冒頭には出ません。まず人柄と判断を確かめます。戦場へ送ってから考えるのでは遅いからです。

問われているのは、何ができる人かだけではありません。兵を預けてよい人か。そこが出発点です。

「五材」と「十過」を一緒に置く

太公は、五材だけを答えません。「五材十過」とまとめます。よい点が五つ。過ちが十あります。

数だけを比べると、過ちの方が多い。将を選ぶ難しさが伝わります。長所を見つければ終わりではありません。

同篇の続きを読むと、十過には意外な項目があります。勇がありながら死を軽く見る者。仁がありながら人を傷つけられない者。信がありながら人を信じすぎる者。立派に聞こえる性質が、弱点にもなります。

人には癖があります。追い込まれると、その癖が強く出ます。敵はそこを突くでしょう。任命する側は、その前に見抜かなければなりません。

勇は先頭だが、全部ではない

五材の先頭は勇です。危険に向き合えなければ、将の仕事は務まりません。命令を出すにも覚悟が要ります。

ただし、先頭だから最上とは書かれていません。五つの一つです。勇だけで将を決めることはできません。

続く説明では、勇のある者は侵しがたいとされます。簡単には押し切られない。脅しにも屈しにくい。そんな強さです。

一方、十過では死を軽く見る勇が問題になります。向こう見ずに進めば、誘い出されます。腹を立てて飛び込めば、待ち伏せにもかかります。

勇を捨てるのではありません。勇を暴走させない。五材と十過を続けて読むと、その違いを考えさせられます。

智は知識の量ではない

二番目は智です。同篇では、智があれば乱されないと説きます。物知りかどうかを数えてはいません。

報告が食い違う。敵が偽りの動きをする。味方が騒ぐ。時刻が迫る。そんなときに頭の中まで乱れるかどうか。問われるのはそこです。

知っていることが多くても、決められない人はいます。考えすぎて遅れる人もいます。逆に、早く決めても見落としが多ければ危うい。

十過には、智がありながら心の弱い者と、智がありながら心の緩い者も出ます。知恵があれば安心とは限りません。使う場面まで見なければなりません。

仁と信は別の働き

仁と信は、どちらも人との関わりに向きます。それでも同じ語ではありません。

仁は人を大切にすることです。兵を使い捨てにしない。苦しみにも目を配る。人がついて来るには必要でしょう。

しかし、情に引かれて決断できなければ困ります。処分が必要なときもあります。退かせるべき人もいます。仁は、何もしない優しさとは違います。

信は欺かないことです。命令や約束が、その場ごとに変わらない。言ったことを守る。兵は、次の言葉も信じられます。

けれども、人を信じすぎればだまされます。十過では、信の裏側まで見ます。自分が偽らないことと、相手の話を何でも受け入れることは別です。

忠で何を確かめるのか

最後は忠です。続きでは、二心がないことと説明されます。仕える相手を裏切らない心です。

将は兵を預かります。遠くへ出ることもあります。命令する力も持ちます。勇も智もある人ほど、離反したときの害は大きいでしょう。

だから忠が要ります。腕が立つだけでは足りません。人に慕われるだけでも足りません。誰の命を受けて動くのかが問題になります。

もちろん、四行には忠の限界まで書かれていません。どんな命令にも従え、とは読めません。主君と将の関係をどう整えるかも、ここだけでは分かりません。

確かなのは、五材の最後に忠を置いたことです。任命には、能力と帰属の両方が関わります。

長所が弱点へ変わるとき

勇は大胆さへ進みます。行き過ぎれば無謀です。仁はいたわりへ進みます。行き過ぎれば決断を鈍らせます。

信も同じです。自分が正直であることは長所です。相手まで必ず正直だと思えば、欺かれます。

人を選ぶとき、長所の名前だけを並べても足りません。どこで止まるかを見る必要があります。いつ裏返るかも大切です。

「勇敢な人です」という評判は、入口にすぎません。危険を前にしても崩れないのか。それとも危険へ急ぐのか。二つは似ていません。

「情の厚い人です」も同じです。人を守れるのか。必要な処置まで避けるのか。場面を分けて確かめます。

五材と十過は、人を褒める言葉と警戒する言葉です。片方だけでは判断が偏ります。

五つをどう確かめるのか

名前を知るだけなら簡単です。勇、智、仁、信、忠と暗唱できます。難しいのは、目の前の人に当てはめることです。

勇を確かめるなら、危険な仕事を任せたときの振る舞いを見ます。逃げないことは大切です。勢いだけで進まないことも大切です。

智は、平穏な席での話だけでは分かりません。情報が足りない。意見が割れる。時間もない。そこで何を残し、何を捨てるかに表れます。

仁は、部下が苦しんだときに表れます。信は、都合の悪い約束を守るかどうかに表れます。忠は、監督する人がいない所でも変わらないかを問います。

もっとも、篇は試験方法まで定めません。誰を証人にするか。何日かけて見るか。失敗を何回まで許すか。そうした手続きは書かれていません。

だから五材は、完成した採点表ではありません。人を見る方向を五つに分けた言葉です。実際の判断には、行動の記録が要ります。

十過の方が多いわけ

よい資質は五つです。過ちは十あります。二倍です。

ここから、善より悪が多いという思想までは決められません。ただ、人を退ける理由が細かく分かれていることは確かです。

一つの長所にも、崩れ方がいくつかあります。勇なら、死を軽く見る。怒りに急ぐ。勝てると思い込む。似ていても同じではありません。

任命する側が「勇敢だからよい」とだけ考えれば、違いを取り逃がします。長所の名に安心せず、どの方向へ傾きやすいかを見ます。

しかも、過ちは本人だけの損では済みません。将が急げば、兵も急がされます。将が欺かれれば、軍全体が誤った方へ進みます。

役目が重いほど、癖の影響も広がります。十過を多く並べる理由は、その重さにあると読めます。

五材を一人にそろえる難しさ

勇のある人が、いつも仁に厚いとは限りません。智のある人が、必ず信を守るとも限りません。忠の厚さだけで、判断の早さは決まりません。

五材は別々です。だから五つ数えます。一つの評判で残りを補ってはいけません。

人を率いるには、強く出る場面があります。待つ場面もあります。罰する場面があります。守る場面もあります。役目の幅が広い。

同じ性質だけで、すべてに応じるのは無理です。勇で押すばかりなら乱れます。仁で許すばかりでも命令が軽くなります。

五つをそろえるとは、いつも中間を取ることではありません。必要な場面で、必要な資質を働かせることです。

その切り替えには智が関わるでしょう。ただし、智だけへまとめれば、また一つの語に頼ることになります。五材を分けて読む意味は残ります。

一度の働きで決めない

人は、場面によって違う顔を見せます。平穏な日には落ち着いていても、急報を受けると崩れることがあります。反対もあります。

一度の手柄は大切です。それでも一度だけです。偶然が助けたのか。周りが補ったのか。本人の判断だったのか。分けて考えなければなりません。

失敗も同じです。一度の誤りで、すべての資質を否定するのは早い。原因を確かめます。繰り返す癖かどうかも見ます。

五材を調べるなら、違う場面が要ります。危険の前で勇を見る。混乱の中で智を見る。弱い立場の人への接し方で仁を見る。損をしても約束を守るかで信を見る。

忠はさらに時間がかかります。利益がある間だけ従う人もいます。不利になったとき、心がどちらへ向くか。短い席では分かりません。

「論将」は観察の期間を定めていません。ただ、五つへ分けたことで、一度の印象だけでは足りないと気づけます。任命を急ぐほど、見落としは増えます。判断は一日で終わりません。

四行から決められないこと

第一に、五材の順位は決められません。勇から始まりますが、最も大切だとは書かれていません。

第二に、五つを点数にする方法はありません。面接の質問も、試験の手順も、四行には出ません。

第三に、武王と太公が実際に交わした会話の記録とは断定できません。『六韜』は太公望に仮託される兵書です。受け継がれた本文を、速記録のようには扱えません。

第四に、五材だけで必ず勝てるとは書かれていません。将の資質は大切です。それでも兵、地形、時機、命令、補給など、結果に関わるものはほかにもあります。

第五に、仁や忠の中身を現代の語感だけで決められません。篇の続きを読み、同じ書の用例も確かめる必要があります。

人を選ぶ前に考える

「論将」は短い問いから始まります。将をどう論じるのか。答えは五材と十過でした。

勇、智、仁、信、忠。どれも一語です。覚えやすい。ところが実際に人へ当てはめると簡単ではありません。

勇は無謀と隣り合います。仁は決断の遅れと隣り合います。信は人を信じすぎる危うさと隣り合います。長所だけを数えても、将は選べません。

任せてから弱点を知る。それでは兵も国も巻き込まれます。だから任命の前に確かめます。

五材は理想像です。十過は警戒表です。二つを重ねて、初めて一人の姿を見られます。

出典

『六韜』龍韜、第十九「論将」冒頭。原文は『四部叢刊初編』所収本に連なる通行本文により確認した。和刻本には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一〜七(大坂・文金堂、江戸末期)がある。『六韜』は巻七。早稲田大学図書館蔵、請求記号文庫31 E1920。