三略を読む · 02
軍の吉凶を占わせない——『三略』中略の命令統制
軍の先行きは、いつでも不確かです。『三略』中略は、その不確かさを消せるとは言いません。軍中で吉凶を語る声を禁じ、命令とは別の権威が生まれるのを防ぎます。
今回の一節の新規現代語訳
『軍勢』には、こうある。
「巫祝を禁じよ。
役人や兵士のために、軍の吉凶を占わせてはならない。」
原文
軍勢曰、禁巫祝。
不得為吏士卜問軍之吉凶。
語句の注
- 軍勢
ここでは引用元として挙げられた古い兵書の名です。これだけで独立した書物の成立や原形まで確定することはできません。 - 巫祝
神霊に仕える者や祈祷を担う者に関わる語です。二字を、現代の一つの職業名だけに置き換えるのは危険です。 - 吏士
軍中の役人と兵士です。一般の兵だけでなく、指揮や事務に携わる層も範囲に入ります。 - 卜問
占って答えを求めることです。ここで問われるのは、軍の吉凶です。 - 吉凶
よい運勢と悪い運勢です。勝敗そのものと同じ語ではありませんが、軍事行動の先行きに関わる判断となります。
「軍勢曰」で始まる理由
二行は、編者の地の文として突然置かれてはいません。「軍勢曰」と、先行する兵書の言葉を引く形で始まります。古い権威を借りて、軍中の規則に重みを与えました。
ただし、引用元の『軍勢』が、いつ、誰によって、どの形で書かれたか。この二行だけでは分かりません。現存する『三略』のなかで、古い教えとして扱われている。確かに言えるのはそこまでです。
兵書では、昔の王や将、失われた書物の言葉が引用されます。読者は、引用という形を残して読む必要があります。編者の主張と、引用された権威の来歴を、同じ確かさで扱うことはできません。
禁止は号令の話から続く
直前には、号令を明らかにし、刑罰を確実にするという教えがあります。兵士が何を命じられ、違反すればどうなるのか。曖昧にしないための話です。
そのすぐあとに、巫祝の禁止が来ます。順序は重要です。占いの真偽を論じる場所ではありません。軍を一つの命令で動かすには、どの言葉が兵士の判断に入ってよいのか。編者はそこを整えています。
命令は、今なすべき行動を告げます。吉凶の占いは、まだ起きていない結果に名を付けます。役割は違います。けれども兵士が両方を聞けば、あとから届いた予言のほうを重く受け取るかもしれません。
吉と出ても問題は残ります。勝てると信じ、警戒を緩める人が出るかもしれません。凶と出れば、戦う前から逃げ道を探す人もいるでしょう。『三略』は、どちらの答えも軍中へ入れません。
巫祝だけを責める文ではない
原文には「吏士のために」とあります。ここが大切です。禁止の対象は、巫祝という人々の存在だけではありません。軍の役人や兵士へ向けて、軍の運勢を占う関係そのものです。
兵士だけが迷信に惑わされる、と決めつけてもいません。「吏」も入っています。指揮や管理に携わる者も、吉凶の言葉に左右されうる。その前提で範囲を広く取りました。
また、悪い予言だけを禁じたのでもありません。「凶を言ってはならない」とは書かれていません。吉と凶をまとめて禁じます。都合のよい答えだけを残せば、占いは指揮官への追従に変わります。それも認めない書き方です。
先の読めなさは残る
占いを禁じても、軍の危険は減りません。天候は変わります。道はぬかるみます。兵糧が届かないこともあります。敵も、こちらの予想どおりには動きません。
未来は不明なままです。短い二行を読むと、不明なものを知ったことにする声が軍中から外されています。ここには、小さいようで大きな違いがあります。
分からない、と認めたまま判断する場合、判断した人に責任が残ります。吉と出たから進んだ、凶と出たから退いた、と言えば、責任の置き場所が変わります。『三略』は、現在の命令を人の判断へ戻します。
もちろん、本文に「責任」という現代語はありません。ここは文脈から読める働きです。原文が明記するのは、吏士のために軍の吉凶を卜問させない、という命令だけです。
軍中には多くの言葉がある
陣中では、号令だけが発せられるわけではありません。斥候の報告があります。味方からの連絡があります。敵の噂も届きます。誤報も混じります。
報告では、見聞きした出来事が伝えられます。号令では、権限を持つ者が行動を命じます。吉凶を占えば、まだ確かめられない先行きへ答えが与えられます。三つは別物です。
別物だから、受け取る側の扱いも違わなければなりません。目撃した数や位置なら、ほかの報告と突き合わせられます。命令なら、誰が出したかを確かめられます。吉凶には、同じ仕方で検証できない権威が添えられます。
軍中でその権威が広まれば、号令と並ぶ判断の道筋ができます。命令に従う前に、吉か凶かを待つ。あるいは、予言に合う命令だけを選ぶ。そこで、分岐は入口で閉じられます。
宗教一般を否定したのか
この一節だけから、古代中国の祭祀や信仰が軍から消えたとは言えません。巫と祝の働きも、時代や文脈によって幅があります。祖先祭祀、夢、天文、占筮などを、すべて同じものとして扱うこともできません。
「合理主義が迷信に勝った」とまとめるのも早すぎます。本文には、近代科学との比較がありません。統計や実験を対案として掲げてもいません。
禁止の範囲は狭く読めます。巫祝が、吏士のために、軍の吉凶を占う。三つの条件が重なる場面です。政治や宗教について大きな結論を出すより、軍中の言葉を管理する規定として読むほうが、二行の形に合います。
規則があっても実施例は分からない
兵書の命令は、実際の記録とは違います。「禁じよ」と書かれているから、すべての軍で禁じられたとは限りません。反対に、禁止があるから、巫祝が軍内でいつも大きな力を持ったとも断定できません。
規則から分かるのは、編者が何を危険だと考えたかです。どの軍が従ったか。違反者がいたか。どの刑が科されたか。二行には書かれていません。
『三略』の成立や伝来にも議論があります。黄石公が張良へ授けたという伝承は有名ですが、伝承と成立年代は分けて扱う必要があります。この記事では、現存する本文の中略に置かれた規定として読みました。
明らかな号令と確実な刑罰
占いの禁止だけを抜き出すと、変わった規則に見えます。直前へ戻ると、見え方が変わります。そこでは号令と刑罰が並びます。
号令が曖昧なら、兵士は何を守るべきか分かりません。刑罰が一定でなければ、同じ違反でも結果が変わります。命令する側の都合で扱いが揺れれば、軍中の判断はまとまりません。
吉凶の言葉も、別の形で判断を揺らします。命令を受ける前から、行動の結果が決まったように聞こえるからです。吉なら進む。凶なら退く。その基準が広まれば、号令の明確さだけでは足りません。
そこで、三つの処置が続きます。命令を明らかにする。違反への刑を確実にする。軍の吉凶を占わせない。兵が従う言葉の道筋を、一つずつ狭めています。
この並びから、占いが軍律の外に置かれた理由を読めます。巫祝の人格を裁くためではありません。誰が軍の行動へ影響する言葉を発せるのか。その範囲を決めるためです。
吉と凶は反対でも働きは近い
吉と凶は、内容なら正反対です。受け取る兵の心も、同じ方向へは動かないでしょう。それでも原文では、二つが一語にまとめられます。
吉と占われれば、安心が生まれます。安心が必要な場面もあります。しかし、敵を軽く見たり、準備を省いたりすれば、軍律は弱まります。悪い結果を考えなくなれば、報告の読み方まで甘くなるかもしれません。
凶の占いは、恐れを強めます。危険への注意が深まる場合もあるでしょう。けれども、敗北が決まったと思えば、命令を受ける前に気力を失います。逃亡や不服従の言い訳にもなります。
片方だけを許せば、都合のよい予言を求める人が出ます。指揮官が吉だけを欲しがれば、巫祝の答えも迎合へ近づきます。兵士が凶だけを恐れれば、噂が命令より速く回ります。
二行を読んでも、どちらが心理的に有益かは選ばれていません。吉でも凶でも、まだ起きていない出来事へ先に結論が置かれます。その結論を軍中へ流さない。禁止の形が広いのは、そのためです。
答えを聞く時点にも注目できます。占いは、戦いが終わってから結果を評する行為ではありません。行動の前に、先行きへ名を付けます。まだ選べることが残っている時期に、吉凶の言葉が入ります。
だから、単なる感想では済みません。進むか、待つか。備えを続けるか。命令をどう受け取るか。兵の判断へ早く触れます。『三略』は、その入口を閉じました。
吉凶を外し、命令を残す
二行を読んでも、未来を予測する技術は分かりません。勝利を保証する方法も書かれていません。軍の先行きは、不確かなままです。
それでも、誰の言葉で兵が動くかは決められます。号令を明らかにする。刑罰を確実にする。そのうえで、吉凶を占う別の声を入れない。中略の並びには、一つの統制が通っています。
短い禁止令を、宗教への大きな宣言に広げる必要はありません。軍中の言葉を、命令と報告の側へ寄せる。まだ起きていない結果に、吉や凶という決定済みの名を付けさせない。『三略』がここで求めたのは、その狭く厳しい線引きです。
出典
『三略』中略、「軍勢曰」以下。号令を明らかにし、刑罰を確実にする規定の直後に置かれた巫祝禁止の二行。底本確認には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻六(浪華・文金堂、弘化三年〔一八四六〕)を用いた。早稲田大学図書館古典籍総合データベース所収、請求記号イ13 00931。記事の原文は同書の『三略』中略に照合した。