司馬法を読む · 02
『司馬法』の軍令——敵地で取ってはならないもの
『司馬法』仁本には、軍を起こす理由だけでなく、軍が敵地へ入った後の命令も残っています。三行に並ぶのは、してよいことではありません。荒らすな、焼くな、伐るな、取るな。禁止される品々を順に読みます。
今回の一節の新規現代語訳
罪ありとされた者の土地へ入っても、その地の神々を荒らしてはならず、野で狩りをしてはなりません。
土を用いた造作を壊してはならず、垣や家を焼いてはならず、林の木を伐ってはなりません。
家畜、稲や黍、道具類を取ってはなりません。
原文
入罪人之地,無暴神祇,無行田獵,
無毀土功,無燔牆屋,無伐林木,
無取六畜、禾黍、器械。
語句の注
- 罪人之地
罪ありとされた者の土地です。罪の判定が正しかったと、この記事が認定する言葉ではありません。軍令の中で使われる呼び方です。 - 神祇
その土地で祭られる神々です。祭祀の場所も含めて考えられます。 - 土功
土を動かして築いた造作です。一種類の施設だけに限らず読んでおきます。 - 六畜
家で飼う動物をまとめた呼び名です。六種を何に数えるかには複数の説明があります。 - 器械
生活や仕事に使う器具です。ここでは武器だけに狭めません。
軍令は「無」の字から始まる
引用した三行には「無」が七度あります。どれも禁止です。軍が何を成し遂げるかではなく、何をしてはならないかを先に定めています。
神祇を荒らさない。田野で狩りをしない。土功を壊さない。垣や家を焼かない。林木を伐らない。家畜、穀物、器具を取らない。
短い命令です。迷う余地を減らす書き方でもあります。兵が敵地へ入れば、目の前に使えそうな物が現れます。食べ物があります。燃料があります。運べる家畜もいます。それらを戦利品のように扱ってはなりません。
「慎め」とだけ書かない点が大切です。何をしないのか。一つずつ名を挙げています。
罪を問われた者と、土地で暮らす人
書き出しは「罪人の地に入る」です。仁本の前段では、ある国の不道を諸侯へ告げ、期日を定めて軍を集めます。引用部は、その手続きの後に置かれています。
ただし、罪を問われる者と、その土地にある物は同じではありません。家や田畑は、多くの人が日々使います。木を育てた人もいるでしょう。家畜を世話する人もいます。罪の名が国に付いたからといって、土地のすべてを壊してよいとは書かれていません。
むしろ逆です。軍令では、壊してはならない物を細かく挙げます。ここで分けて読む必要があります。
征討の理由は、軍を起こす側の言葉です。その正しさを三十三字だけで判定することはできません。一方、命令の内容は読めます。罪を掲げても、破壊と略取には歯止めを掛ける。そこまでは原文にあります。
神祇と田猟が並ぶ理由
最初に守られるのは神祇です。他国の祭祀を荒らしてはなりません。軍が持つ信仰を押しつけるとも書きません。その土地の神々に手を出さないよう命じます。
次に田猟が来ます。田野へ出て狩りをすることです。現代の目には、狩りだけが少し浮いて見えるかもしれません。しかし軍勢による狩りは、遊びだけでは済みません。人と馬が畑へ入ります。獲物を追います。土地を使い、食料を得ます。
被害の内訳までは書かれていません。だから、細部を作ってはいけません。それでも「行田猟するな」という命令は明白です。軍がいるからといって、野を自由な猟場にはできません。
祭祀と狩り。異なる二つです。どちらも、征服者の都合だけで扱わないよう禁じられています。
焼けば、軍が去った後にも残る
二行目には、毀す、燔く、伐るという三つの動詞が並びます。対象は土功、牆屋、林木です。
土功は、土を使った造作です。堤や盛土のような物を連想できますが、三十三字だけで一種に決めるべきではありません。人が労力をかけた物、と広く受け取る方が安全です。
牆屋は垣と家です。ここでは火が名指しされます。焼けば早い。しかも、軍が通り過ぎた後にも損害が残ります。住む場所を失った人は、戦いが終わっても元の暮らしへすぐ戻れません。
その先の生活までは長々と描かれていません。ただ「燔くこと無かれ」と命じます。簡潔です。命令としては強い。
林木も同じ列に入ります。木材にもなります。燃料にもなります。実を採る木もあるでしょう。ただし、どの用途を念頭に置いたかは断定できません。確かなのは、軍の必要だけで伐ってはならないという文言です。
六畜・禾黍・器械を一組で読む
三行目では、動かせる物が並びます。六畜、禾黍、器械です。
六畜は家畜の総称です。軍が連れて行けば、食料や運搬の手段になります。しかし飼っていた側から見れば、大切な財産です。繁殖や農作業にも関わります。
禾黍は穀物です。稲や黍と訳しました。これも軍にとっては食料になります。住民にとっては、今食べる物であり、後に蒔く種かもしれません。原文はそこまで区別しません。だからこそ、ひとまとめに取るなと読めます。
最後は器械です。現代日本語の「機械」だけを思い浮かべると狭すぎます。仕事や生活に使う道具を含みます。武器に限る根拠もありません。家畜と穀物の後に置かれた順番を考えれば、暮らしを支える器具まで含めて読むのが自然です。
三つは別々の品目です。しかし、暮らしの中では結びつきます。動物を使って田を耕します。穀物を収めます。道具を使って次の仕事をします。一つを奪えば、ほかも働きにくくなります。
戦場の実録ではなく、守るべき規則
ここで区別したいことがあります。軍令が残っていることと、いつも守られたことは同じではありません。
引用部は規範です。こうせよ、こうするなという命令です。実際の軍勢が一度も家を焼かなかった、と証明する記録ではありません。違反の件数も分かりません。
それでも、規範には読む価値があります。何が起こり得たから禁止されたのか。軍を率いる側が、どこに歯止めを置こうとしたのか。三行から確かめられます。
略奪の可能性は、言外の前提です。だから家畜と穀物が挙がります。放火の可能性もあります。だから牆屋が挙がります。軍の力は敵へ向けられます。同時に、自軍の行動にも制限が掛かります。
人を傷つけない命令へ続く
引用の直後には、老人と幼い者を傷つけず、家へ帰すよう命じる文があります。壮者に会っても、抵抗しなければ敵として戦わない。傷つけた者には薬を与え、帰す。そう続きます。
今回の三行は、その前半です。まず土地と祭祀、造作、林木、家畜、穀物、道具を守ります。その後に人の扱いへ移ります。
この順番を、物が人より大切だと読む必要はありません。生活の場と人を分けずに守ろうとする命令、と読めます。家を焼かず、穀物を取らず、人も傷つけない。いずれも軍ができることを減らします。
力を持った時に、何をしないか。仁本は具体名で答えます。
「取るな」は補給の話だけではない
家畜、穀物、器具を取らないという命令を読むと、軍の補給方法が気になります。けれども、引用部には代わりの食料をどう用意するかがありません。輸送の仕組みも書かれていません。そこを推測で埋めれば、別の兵書の知識を混ぜることになります。
分かるのは、現地調達に線を引いたことです。目の前に食べられる物があっても、それだけで取る理由にはなりません。運べる動物がいても同じです。軍に役立つかどうかと、軍が取ってよいかどうかを分けています。
器械まで入るため、食料だけの禁令でもありません。暮らしや仕事に使う物を残します。軍が去った翌日にも、人は食べ、働きます。その日々を続けるための品が列挙されています。
ただし、仁本が住民の生活再建を詳しく論じた、とまでは言えません。原文は短い。目的も説明しません。読者が先回りせず、品名と動詞にとどまることが必要です。
命令の順番を声に出して読む
三行を音読すると、最初の二行には動作が三つずつあります。暴す、行う。毀す、燔く、伐る。そして最後に「取る」が来ます。
荒らす行為から始まり、壊す行為を経て、持ち去る行為で終わります。被害の形が変わります。神祇や田野に手を出す。造作や家屋や木を失わせる。最後には家畜、穀物、道具を奪う。三行だけでも、軍が土地へ及ぼし得る行為を段階ごとに読めます。
「無」が繰り返されるので、息の区切りもはっきりします。禁止が重なるたびに、軍へ許される範囲が狭くなります。最後の句は短い。取るな。そこで止まります。
古典の文章を読む時、名句だけを抜き出すと前後が消えます。仁本では、よく知られた「好戦必亡」の後にも、こうした軍令があります。戦を好むなという警句と、家畜や穀物を取るなという命令は、同じ篇の中に置かれています。抽象的な戒めだけでなく、現場で禁じる動作まで書く篇です。
三十三字から言えないこと
第一に、古代中国の軍が常にこの軍令を守ったとは言えません。命令と実行は別です。
第二に、「罪人之地」という呼び方だけで、征討の正当性は決まりません。誰が何を罪としたのか。別の史料が要ります。
第三に、現代の戦時国際法と同じ制度だとは言えません。似た禁令があっても、成立した時代も仕組みも違います。
第四に、土功や器械の範囲を一つに固定できません。語の幅を残すべきです。
言えるのは、もっと狭いことです。『司馬法』仁本の軍令には、祭祀、狩り、建造物、家屋、樹木、家畜、穀物、道具を損なわないための禁止が並んでいます。
敵地は、空白の土地ではない
軍が進む地図だけを見れば、敵地は色分けされた領域です。けれども仁本の三行には、そこで祭られる神々がいます。狩りを禁じられる田野があります。人が築いた物、住む家、育つ木があります。
家畜もいます。穀物もあります。道具もあります。
敵地へ入ることは、そこにある物を自由に使えるようになることではありません。『司馬法』の軍令は、七つの「無」でその線を引きます。勝敗の話より先に、手を出してはならない物を覚えさせる文章です。
出典
『司馬法』仁本。冢宰と百官が軍中へ布告する軍令の冒頭。原文は中國哲學書電子化計劃所収の『司馬法』仁本でも確認した。同サイトは活字テキストであり、版本の影印ではない。和刻本には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一〜七(大坂・文金堂、弘化三年)がある。『司馬法』は巻三。早稲田大学図書館蔵、請求記号イ13 00931。