孫子を読む · 01
「彼を知り己を知れば」とは何を知ることか
「敵を知り、自分を知れば必ず勝てる」。よく知られた言い換えです。ところが原文は、勝利を約束していません。語っているのは、危うい状態に陥るかどうかです。
今回の一節の新規現代語訳
ゆえに、こう言います。
相手を知り、自分を知れば、百たび戦っても危うくはありません。
相手を知らず、自分だけを知っていれば、勝つこともあれば負けることもあります。
相手も自分も知らなければ、戦うたびに必ず危うくなります。
原文
故曰:知彼知己,百戰不殆;
不知彼而知己,一勝一負;
不知彼不知己,每戰必殆。
語句の注
- 彼
向こう側の相手を指す代名詞です。戦いの文脈なので「敵」と訳せますが、字そのものは相手方というほどの意味です。 - 己
自分です。ただし個人の性格だけではありません。兵数、備え、指揮系統、上下の意向まで含めて考える必要があります。 - 知
知識を持つだけではありません。直前には、戦えるか、戦えないかを見分ける話が置かれています。 - 殆
危ういこと。敗北と同じではありません。危険な状態へ陥らない、というのが第一句の語り方です。 - 百戦
何度も戦うことを強調する言い方です。正確に百回を数えた統計ではありません。
「百戦百勝」とは書かれていない
名句の前半だけを取り出すと、知識が勝利を生むという教えに聞こえます。けれども「百戦不殆」です。「百戦百勝」ではありません。
ここは大事です。不殆とは、危うくないこと。勝つことと同じではありません。危険が大きいなら戦わない。攻める時を遅らせる。城攻めを避ける。別の手を選ぶ。そうした判断も入ります。
戦場へ出た後だけの話ではないのです。戦う前に条件を比べる。無理なら退く。その結果、危地へ入らずに済みます。
「彼を知り己を知れば、負けない」と訳す例もあります。分かりやすい。しかし、負けなかった結果だけを述べると、原文にある危険の見積もりが薄くなります。ここでは「危うくはない」としました。
三つの状態を並べて読む
原文は三段です。第一に、相手も自分も知る。第二に、自分だけを知る。第三に、どちらも知らない。知る範囲が狭くなるにつれ、結果も悪くなります。
第一段は不殆。第二段は一勝一負。第三段は必殆です。両方を知る状態と、両方を知らない状態が、危うくないか、必ず危ういかで向き合います。真ん中だけは結果が割れます。
「一勝一負」を五割の勝率と受け取る必要はありません。一度勝ち、一度負ける。短い対句で、結果が安定しないことを語っています。
自分を知るだけでも、何も知らないよりはましです。兵の疲れを知る。得意な地形を知る。指揮官の力量を知る。できないことも分かる。それなら無謀な命令を減らせます。
ただし、相手は動きます。こちらに合う陣形でも、向こうが備えていれば通じません。兵が多くても、狭い場所では生かせないことがあります。自分の側だけを調べても、関係の半分が抜け落ちます。
「己」は一人の心ではない
現代語の「自分を知る」からは、性格診断や内省を連想しがちです。謀攻篇で問題になる「己」は、もっと広い。軍隊と統治の仕組みまで含みます。
名句の直前には、勝ちを知る五条件があります。戦ってよいか。兵の多少を使い分けられるか。上下の望みが同じか。備えを済ませて、備えのない相手を待てるか。将が有能で、君主が邪魔をしないか。
どれも心構えだけでは足りません。人数が要ります。命令系統が要ります。準備の程度も調べます。君主と将の関係も外せません。
つまり「己を知る」とは、自信を持つことではないのです。できることを数える。できないことも数える。誰が判断し、誰が従うのかを確かめる。意向が割れていないかを見る。かなり厳しい点検です。
本人が勇敢でも、兵が疑っていれば動けません。兵器があっても、扱えなければ数に入りません。命令が二つの方向から出れば、整った陣も崩れます。
篇の初めには「全うする」がある
謀攻篇は、いきなり敵情の調査から始まりません。国を破るより、国を全うするほうが上。軍を破るより、軍を全うするほうが上。そう並べます。
百戦百勝も最高ではない、と続きます。戦わずに相手の兵を屈服させる。こちらを最善とします。有名な「百戦」の二つが、同じ篇の初めと終わりに置かれているのです。
その間では、攻める順が語られます。まず謀を攻める。次に外交関係を攻める。次に兵を攻める。城を攻めるのは下策です。
城攻めには時間がかかります。準備に三か月。土塁を築くのにも三か月。怒った将が兵を蟻のように取りつかせ、三分の一を失っても城が落ちない。本文は、そんな破局を挙げます。
ここまで読めば、不殆の重みが変わります。危うくないとは、戦場で巧みに身を守るだけではありません。損害ばかり増える攻城を選ばない。怒りで兵を投げ出さない。戦いを始める前の判断です。
君主が自軍を知らないとき
相手を知らないことばかりが危険なのではありません。本文は、君主が軍の事情を知らない場合を細かく責めます。
進めないのに進めと命じる。退けないのに退けと命じる。軍の政務を、国の日常の政務と同じに扱う。軍の権限を理解せず、任用へ口を出す。すると兵は惑い、疑います。
乱れは内側から起きます。敵の計略が巧みだったからではない。自分の軍を知らない君主が、命令で勝ちを遠ざけます。
勝ちを知る五条件の最後に「将が有能で、君主が御しない者は勝つ」とあるのも、この流れです。君主が何もしなくてよい、とは書かれていません。軍の事情を知らないまま、進退や任用を乱すなという話です。
彼我を知るには、情報を集めるだけでは足りません。誰が何を決めるのか。どこまで口を出すのか。自軍の境界を理解することも要ります。
知ることは、名を当てることではない
「敵を知る」と聞くと、将の名、兵数、城の位置を集める作業が思い浮かびます。もちろん、それらも情報です。しかし謀攻篇の直前の言葉に照らすと、名簿を埋めるだけでは足りません。
兵が一万人いると分かっても、その一万人をどこで使えるかが分からなければ判断できません。上下の望みが同じか。備えは済んでいるか。君主は将へ任せるのか。数の外にある条件が、数の働きを変えます。
自軍についても同じです。武器の数を知っている。行程も知っている。それでも疲れや疑いを見落とせば、帳面の上の軍と、実際に動く軍は別物になります。
知とは、項目を持つことではありません。使える形で違いを見分けることです。戦えるか。待つべきか。退くべきか。得た情報が選択へ結びつくところまでを考えます。
だから「知彼知己」は、情報収集の量を誇る句でもありません。多く集めても、比較を誤れば危うい。少ない情報でも、何が不明かを分かっていれば、軽々しく兵を出さずに済む場合があります。
戦わない判断も知の結果になる
謀攻篇には「戦わずして人の兵を屈す」という有名な一句もあります。ここで言う「戦わない」は、何もせず幸運を待つことではありません。相手の謀を崩す。交わりを断つ。兵へ向かう前に、別の場所へ働きかけます。
彼我を調べた末に、今は攻めないと決めることもあります。城へ取りつけば損害が増える。君主の命令が現場と食い違う。上下の意向もそろわない。そんな時に踏みとどまるなら、不殆へ近づきます。
反対に、戦わないという言葉だけを唱えても足りません。備えを怠り、相手も調べず、ただ動かない。それは第三句の「彼も己も知らない」に近い状態です。静止と判断は同じではありません。
戦うか、戦わないか。どちらを選ぶにしても、先に条件を確かめます。謀攻篇は勝ち方を一つに固定しません。破壊を減らし、危うさを避けるために、選択肢を比べます。
「殆」と「敗」の異同
今回の底本では、最後も「必殆」です。第一句の「不殆」と対になります。両方を知れば危うくない。両方を知らなければ必ず危うい。形がきれいにそろいます。
一方、末字を「敗」とする本文も伝わります。その場合は「戦うたびに必ず敗れる」です。危うい状態ではなく、敗北という結果まで言い切ります。
どちらかを黙って混ぜることはできません。引用では、参照した原文欄の「殆」を残しました。別の本で「敗」を見つけても、ただちに誤植とは言えません。伝本の違いです。
なお、異同があっても第一句は変わりません。「百戦不殆」です。百回必ず勝つ、とはなりません。
この三句だけでは言えないこと
第一に、情報を集めれば未来を完全に読めるとは言えません。情報には誤りがあります。古くもなります。相手が偽っていることもあります。
第二に、彼我を知ったら必ず戦う、とも言えません。直前の条件は、戦える時と戦えない時を知ることから始まります。知ったからこそ、戦わない場合があります。
第三に、個人の自己分析へそのまま移せません。本文の己には、兵数、備え、指揮、上下の意向が入っています。性格の長所と短所だけでは狭すぎます。
第四に、歴史上の孫武が、この三句をこの形で話したと断定する材料にもなりません。『孫子』は伝統的に孫武へ帰されますが、現行十三篇の成立と伝承には議論があります。ここで読めるのは、伝わった謀攻篇の配置と言葉です。
名句を篇の末尾へ戻す
「知彼知己」は短く、覚えやすい。それゆえ、単独の標語にもなりました。けれども篇へ戻すと、勝利の掛け声とは違う顔になります。
国や軍を壊さずに全うする。城攻めを下策とする。君主の無理解が軍を惑わせる。戦ってよい時と、いけない時を見分ける。その後に三句が来ます。
知ることは、戦う勇気を増すだけではありません。戦わない理由を得ることでもあります。危うい場所へ入らない。そのために相手と自分を調べます。
名句の力は残ります。ただし約束は慎重です。百戦百勝ではない。百戦不殆。勝利の数より、危うさの見分け方を読む言葉です。そこを取り違えずに読むと、謀攻篇の初めから終わりまでがつながります。
出典
『孫子』第三篇「謀攻篇」末尾。原文は篇の活字本文と異同一覧、書籍制作原稿の「原文」欄により確認しました。和刻本には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一〜七(大坂・文金堂、江戸末期)の巻一『孫子』があります。早稲田大学図書館蔵、請求記号文庫31 E1920です。