五輪書を読む · 05

『五輪書』の兵法は剣術だけではない——「兵法の道」を読む

武蔵は剣の技を細かく説く。その一方で、兵法という名を剣術一通りに狭める者を批判した。技を捨てて広げたのではない。技を抱えたまま、範囲を広げている。

今回の一節の新規現代語訳

中国でも日本でも、この道を行う者を兵法の達人と呼び伝えてきた。
武士でありながら、この法を学ばないということはあってはならない。
近ごろ「兵法者」と称して世を渡る者がいるが、これは剣術一通りのことである。
常陸国の鹿島・香取の社人たちは、明神の伝えとして諸流を立て、国々を巡って人に伝えている。これは近ごろのことである。

本記事のために原文から新たに作成した現代語訳。宮本武蔵『五輪書』地の巻「兵法の道といふ事」冒頭四文。

原文

漢土、和朝までも此道を行ふ者を兵法の達者といひ伝へたり。
武士として此法を学ばずといふことあるべからず。
近代兵法者といひて、世を渡る者、是は剣術一通りの事なり。
常陸国鹿島・香取の社人共、明神の伝へとして流々をたて、国々を廻り、人に伝ふる事近き頃の義也。

一九三九年教材社版、地の巻二頁をもとに表記を整えた。引用は英語版と同じ四文のみ。

語句の注

  • 兵法
    戦略、軍法、武芸、剣術。どれも指せる幅の広い語です。この一節は、広い「兵法」と狭い「剣術一通り」を並べて対比します。
  • 此道・此法
    武蔵がこれから示す兵法の道。個々の太刀技だけでなく、武士が学ぶべき全体を指します。
  • 剣術一通り
    剣術という一筋、一分野だけ、という限定。剣術そのものを否定した語ではありません。
  • 世を渡る
    その名や技能で世間の暮らしを立てること。一人で稽古する姿ではなく、人に教えて生計を立てる姿を含みます。
  • 鹿島・香取
    常陸国の鹿島・香取の社人と、その神伝を掲げる流派。武蔵の批判のなかで名が出てきます。

問題は剣術ではなく、名と範囲のずれ

第三文だけを読むと、武蔵が剣術を低く見ていたようです。ところが『五輪書』には、太刀の持ち方、構え、足遣い、打ち方、間合い、拍子。細かい説明がずっと続きます。剣術は要らないと思っていたなら、こんな構成にはなりません。

武蔵が怒っているのは、剣術の一分野だけを教えながら、それを兵法全体と呼ぶことです。「兵法者」という大きな看板と、「剣術一通り」という中身。釣り合っていません。技が細かすぎるのが問題なのではありません。一部が全体の名前を独り占めしているのが問題です。

ここを取り違えなければ、「兵法は剣術だけではない」が「兵法に剣術はいらない」にはなりません。剣術を全体のなかに置いて、どこまで効いて、どこから効かないかを知る。そのための一文です。

最初の二文が兵法を広げる

第一文は「漢土、和朝までも」と、中国と日本を並べます。特定の流派からも、特定の時代からも始めません。兵法の道を、長く広い伝えとして置きます。第二文では、武士がこの法を学ばないなどあってはならない、と言います。

この二文で、兵法は旅する教師だけの専門芸ではなくなります。武士の身分と責任に関わる学びになります。第三文の「近代」は、この広い背景から見れば、近ごろ現れた縮みです。

文の順番は、広い歴史、武士の義務、同時代の縮み、具体的な教師像。批判したい相手をいきなり罵ってはいません。兵法が本来占めるはずの範囲を先に置いてから、いまとの差を見せています。

兵法という語の広さを一語で固定しない

兵法は、場面によって意味が変わります。軍勢を動かす戦略や軍法のこともあれば、剣の術のこともあります。この一節自体、狭い意味で兵法を名乗る者がいたと書いています。

ですから、どこも彼処も現代語の「戦略」に置き換えるのは足りません。「剣術」に置き換えるのも足りません。武蔵は語の揺れを利用しながら、自分の言う兵法を広いほうへ押し戻そうとしています。

本記事では、原文の「兵法」をなるべくそのまま残します。そのうえで、剣術一通りと対比されている箇所では、広く取ります。一人の太刀技だけでなく、大勢の戦い、状況判断、道具、拍子、他流の検討まで。

広く取っても、抽象論にはならない

兵法を剣術より広く取ると、体を離れた抽象論へ向かいそうに思えます。ところが『五輪書』の広さは、具体を捨てた広さではありません。地の巻で道の枠を描き、水の巻で体と太刀を扱い、火の巻で戦いの移り変わりを考えます。

広い原則も、実際の構えや動きで確かめなければ空回りします。個別の技も、いつ、何のために、どれくらいの規模で使うかを知らなければ、結果につながりません。武蔵はこの二つを切り離しません。細部と全体を行ったり来たりします。

「剣術だけではない」という批判は、剣を離れて何にでも効く知恵を求めたものではありません。剣の稽古を含む具体的な兵法が、もっと大きな状況のなかでどう働くのか。それを問うています。

「世を渡る」——教えて食べていく人たち

第三文の「世を渡る」で、兵法者の暮らしぶりが見えます。一人でこつこつ稽古する人ではありません。自分の技能を名乗り、人に教え、評判と報酬を得て生きている人です。

この語があるので、批判は技の中身だけでなく、看板の掲げ方にも向かいます。「兵法」という広い名を出しておいて、教えるのは剣術一通り。名前が中身より大きい。武蔵は、自分の教えに何が入っているかを見せることで、この釣り合わなさを正そうとします。

とはいえ、教えることや、それで食べていくこと自体を否定した文ではありません。武蔵も書物で道を伝えています。問題は、教える人がいることではありません。教える範囲と、名乗る称号の関係です。

鹿島・香取の一文は流派史の要約ではない

第四文には、鹿島・香取の社人たちが明神の伝えとして流派を立て、国々を巡って教えた、とあります。神伝、流派、遊歴、教授。四つの要素が一文に詰まっています。

けれども、この一文で鹿島・香取に関わる流派の成立史を説明することはできません。人名も、年代も、伝書も、教えた中身も、流派ごとの違いも書かれていないからです。確実に読めるのは、武蔵が同時代の兵法者を批判するなかで、こういう教師像を挙げた。そこまでです。

第一文は中国と日本にわたる長い伝えでした。第四文は「近き頃」で結ばれます。古くて広い兵法と、近ごろ広まったと武蔵が見なす流派教授。二つを並べて、自分の立ち位置を作っています。

五巻の構成が示す兵法の範囲

『五輪書』は地・水・火・風・空の五巻です。地の巻で道の全体を描き、水の巻で二天一流の技法を扱い、火の巻で戦いの場面、風の巻で他流、空の巻で有るものと無いものの見分けへ進みます。

この並べ方そのものが、兵法を剣術一通りに閉じ込めない、という主張になっています。同時に、水の巻がこれだけ具体的なので、剣から切り離した一般論にもなっていません。

全体が細部を包み、細部が全体を確かめる。書き出しの四文は、あとに続く五巻をどう読むかの目安です。個別の技に出会ったら、全体のどこに位置するかを考える。広い言葉に出会ったら、どの稽古がそれを支えているかを問う。

広い兵法と、剣術一通り——ここから先は分からない

第一に、武蔵の兵法理解が当時の日本で唯一の正しい定義だった、とは言えません。彼が狭い使い方をわざわざ批判している。それ自体が、別の使い方も世間で通っていた証拠です。

第二に、剣術が兵法より価値が低い、とも言えません。武蔵は剣術の稽古に多くの言葉を割いています。批判されているのは剣術を学ぶことではなく、それだけで兵法の全部だとする狭さです。

第三に、鹿島・香取に関わる流派がみな同じように成立し、同じ内容を教えたかどうかも分かりません。この四文は武蔵の論争的な文章です。神社や流派の完全な記録ではありません。

第四に、『五輪書』を現代の経営論や自己啓発へ自由に置き換えてよい、という許しでもありません。広さだけを取り出して、剣と武士の歴史的な背景を捨てれば、武蔵が細部と全体を結んだ組み立てが崩れます。

一部を全体と呼ばない

書き出しの四文は、兵法の意味を辞書のように一行で決めません。中国と日本の伝え。武士の学び。近ごろの兵法者。鹿島・香取を掲げる流派。この順で、広い道と狭い職能を並べます。

そこから受け取れることは、はっきりしています。剣術は兵法の大事な一部です。けれども一部だけで、全体の名前を満たすことはできません。かといって、全体を語るだけで技を学ばなくてよいわけでもありません。武蔵の「兵法の道」は、範囲と実技を切り離さないところにあります。

出典

宮本武蔵『五輪書』地の巻「兵法の道といふ事」冒頭四文、一九三九年教材社版二頁。本文はWikimedia Commonsの公開スキャンで確認した。国立国会図書館の書誌は、宮本武蔵著、教材社、一九三九年刊、「兵法の道といふ事」を二頁、永続的識別子をDOI 10.11501/1071527として記録する。