『五輪書』を読む · 12

「枕をおさゆる」とは何か——『五輪書』火之巻

「枕」は、道具を使う秘術の名ではありません。武蔵は、頭を上げさせないことだと説きます。相手の意図が一つの動作になる前に、関係を変える教えです。

今回の一節の新規現代語訳

「枕をおさえる」とは、頭を上げさせない、という意味です。
兵法の勝負では、人にわが身を振り回され、その後を追うのはよくありません。
どのようにしてでも、敵をこちらの思いどおりに動かしたいものです。

宮本武蔵『五輪書』火之巻「枕をおさゆると云事」。比喩の意味と、相手の後を追わない関係を先に定める冒頭です。このあとには、相手の技が起こる端を見分けて抑える説明が続きます。

原文

枕をおさゆるとは、かしらをあげさせず、と云心也。
兵法の勝負の道にかぎつて、人に我身をまわされてあとにつく事悪し。
いかにもして敵を自由にまわし度事也。

『五輪書』火之巻「枕をおさゆると云事」の三行、句読点と空白を除いて六十八字です。教材社版『五輪の書 原本』(一九三九年)四十三頁により、歴史的仮名遣いを保って整えました。

語句の注

  • 枕
    頭の下に置く物です。ここでは、動作の「かしら」を上げさせない比喩になります。
  • かしら
    頭と、物事の始まりの両方を含みます。後に続く説明では、技が起こる端を指します。
  • まわされて
    体を回転させられることだけではありません。相手の動きに応じ続け、勝負の運びを決められる状態です。
  • あとにつく
    相手が作った流れを後から追うことです。
  • 自由にまわす
    相手の動きをこちらが導ける関係です。現代の政治や権利に関する「自由」とは別の用法です。

頭を上げさせない

武蔵は、題の比喩を最初の一文で解きます。「枕をおさゆる」とは、頭を上げさせない心です。

実際の枕を相手へ押しつける技ではありません。寝所の場面も、特殊な道具も出てきません。

枕の上から頭を上げようとする姿を思い浮かべます。まだ全身が動く前です。首が持ち上がる所を抑えれば、その後の大きな動きも起こりにくくなります。

「かしら」には、物事の始まりという意味もあります。相手の技が形になる前に、その端を見つけます。

ただし、冒頭の三行には個々の技名がありません。まず比喩を置き、どちらが勝負を運ぶかを定めます。

後をつくのが悪い

第二文では、望ましくない状態を説明します。人にわが身を回され、その後を追います。

相手が動きます。こちらが応じます。さらに相手が次の働きを作り、また応じます。

一つ一つの受け方が正しくても、関係は変わりません。勝負の進み方を相手が決め、こちらは後から処理します。

「あとにつく」は、時計で少し遅れるだけではありません。相手が立てた問いへ答え続ける位置です。

武蔵は「我身」と書きます。抽象的な主導権の話だけではありません。体の向き、距離、足の置き場、注意の向け先が、相手の動きによって変えられます。

勝負では、それを悪い状態とします。

相手を回すとはどういうことか

第三文で、関係が逆になります。どうにかして、敵を自由に回したいと述べます。

相手を物理的に一回転させる、という狭い意味ではありません。こちらの働きに応じさせ、相手の選べる動きを限ります。

ここでの「自由」は、勝手に乱れて動くことでもありません。自分の側が、相手の作った順番へ縛られないことです。

一つの構えを取り続ければ自由になる、とも書かれていません。決まった姿勢より、二人の間に生まれる関係が中心です。

誰が次の動きを定めるのか。

誰が後から追うのか。

「回す」と「回される」を分ける時、勝負の見方が技の形から関係へ移ります。

技より前に関係を定める

冒頭には、刀の握り方も足の運びもありません。どこを切るかも書かれていません。

それでも、後に続く技を読むための基準があります。相手の動作が育ち、こちらが後からついていくなら、枕を抑えられていません。

反対に、相手の動作が始まる所を受け取り、その先を許さなければ、関係が変わります。

大きな力で完成した攻撃を押し返す話とは違います。完成する前の働きが対象です。

そのため、単純な速さ比べにはなりません。速く動いても、相手に誘われた動作なら、勝負の順番を渡すことがあります。

先に体を動かした者が、必ず先を取るわけではありません。

相手より早く刀を振っても、その動きを読まれていれば、こちらが相手の用意へ入ります。先に動いた事実と、勝負を導いた事実は分けて考えます。

また、いったん退く動きが、ただちに後手になるとも限りません。間を変え、相手の選択を狭めるなら、関係を保てる場合があります。

三行に具体例はありません。動作の前後だけでなく、誰の意図に沿って勝負が進むかを見ます。

後段の「字の頭」へ続く

同じ段の後ろでは、武蔵が技の始まりを細かく挙げます。相手が何かをしようとする時、その「頭」を抑えるという説明です。

冒頭の「かしら」は、後段で言葉の端へ広がります。

ここでは後段を引用しません。今回の三行だけでも、その前提は読めます。個別の技を止める理由は、相手に勝負を運ばせないためです。

技名の一覧だけを抜き出すと、反応の手順に見えるかもしれません。けれども、冒頭では反応に追われる状態が悪いとされます。

目指すのは、相手の技が完成してから上手に受けることだけではありません。完成する前に、相手が作ろうとする流れを変えます。

始まりを知るだけでは足りない

技の端を見つけるには、相手の変化を早く受け取る必要があります。視線、構え、間、気配など、多くの要素が関わるでしょう。

しかし、三行だけで観察を褒める読み方はできません。

頭を上げさせず、敵を回すことを求めます。分かった時にはすでに技が完成していたなら、説明はできても関係を変えにくくなります。

反対に、相手を読まずに動けば、無駄な動作になるかもしれません。そこを相手に利用されれば、こちらが回されます。

見分けることと、働きかけることが離れません。

上がろうとする頭を知り、まだ始まりの間に抑えます。枕の比喩によって、その二つが一つの姿にまとまります。

三行だけで決められないこと

具体的な剣技は、この三行だけでは復元できません。構え、足、刀筋、打つ場所が書かれていないためです。

稽古の方法も決められません。安全に学ぶには、指導と段階が要ります。文の勢いだけで危険な試みを正当化できません。

武蔵の特定の勝負を説明する箇所でもありません。敵の名、土地、年月はありません。有名な決闘を結びつけるには、別の根拠が必要です。

人間関係の全てを勝負と見る教えでもありません。「兵法の勝負の道にかぎつて」と範囲を限ります。

また、敵を自由に回せば必ず勝つ、と保証していません。敵も考え、動きを変えます。ここにあるのは目指す関係です。

火之巻で読む意味

火之巻では、相手と動く場で何が変わるかが扱われます。位置、拍子、先、崩れ、混乱など、二者の間に起こる事柄が並びます。

「枕をおさゆる」も、その流れにあります。

強い刀を作るだけの話ではありません。相手の意図が動作へ育つ時を捉えます。そして、その動作に自分の身を支配させません。

枕という日常の物から始まるため、覚えやすい教えです。けれども、内容は軽くありません。

頭が上がった後で押し戻すのではありません。上がろうとする端を抑えます。

相手の後を上手に追い続けるのでもありません。追う関係そのものを変えます。

三行は、比喩、悪い状態、望む状態の順に進みます。最初の小さな動きに働きかければ、その後の大きな流れも変わります。

武蔵は、その働きを「枕をおさゆる」と名づけました。

名があれば、稽古の後に振り返れます。相手の技を受けてから追ったのか。技の端で流れを変えたのか。見た目が近くても、二つを分けられます。

言葉で分けた後は、動く相手の前で確かめる仕事が残ります。

出典

宮本武蔵『五輪書』火之巻「枕をおさゆると云事」。本文の確認には、国立国会図書館所蔵の『五輪の書 原本』(教材社、一九三九年)四十三頁を用いた。国立国会図書館デジタルコレクションPIDは1071527、請求記号は67-567、DOIは10.11501/1071527。句読点と記事上の改行を整え、歴史的仮名遣いを保った。