『正忍記』を読む · 05

忍び入る時に定まりなし——『正忍記』の時分判断

『正忍記』には、忍び入るのに決まった時刻はないとあります。見るべきものは時計ではありません。その場所にいる人々の騒がしさと、慌ただしく迫った短い時間です。

現代語訳

一 忍び入る時分のこと
これには決まった時がありません。人々が騒がしくしている時分に、判断を合わせるべきです。
ただし、慌ただしく、切迫した時であることを知っておかなければなりません。

『正忍記』中巻、「忍入時分之事」の冒頭です。定まった時刻を挙げる前に、相手側の人々の様子に合わせて判断するよう説く箇所です。

原文

一 忍入時分之事
是は定りたる時なけれ共人のさはかしき時分判断の
目合せへき事なり只あわたゝ敷くせましき事を知
るへし

『正忍記』中巻。伊賀市デジタルミュージアム掲載冊子の画像二十三頁に当たる箇所です。歴史的仮名遣いと字体を残し、四行の区切りだけを編集上補いました。

語句の注

  • 忍入時分
    忍び入る時や機会を指します。侵入動作の説明ではなく、いつ動くかを扱う見出しです。
  • 定りたる時
    あらかじめ一つに固定された時刻です。最初の文で、これが退けられます。
  • 人のさはかしき時分
    その場の人々が騒がしく、落ち着かない時です。単に音量が大きいだけとは限りません。
  • 目合せへき
    機会に判断を合わせることです。引用では冊子の表記を残しました。
  • あわたゝ敷くせましき
    慌ただしく、時間の余裕が少ない様子です。安全が長く続くとは書かれていません。

最初に「何時」と答えない

見出しは「忍入時分之事」です。ここだけ見れば、夜半や丑三つ時のような時刻が続きそうです。ところが、最初の答えは「定まりたる時なし」。予定表を作る前に、固定した答えを捨てます。

闇が深ければよい。人が寝静まればよい。そう決めてしまえば、判断は簡単です。しかし場所が変われば、門番の交代も家人の動きも変わります。同じ屋敷でも、昨日と今日では違うでしょう。

時刻を知らなくてよいのではありません。時刻だけで決めてはならないのです。

人が騒がしい時を見つける

次に挙げられる目印は、人の様子です。「人のさはかしき時分」とあります。多くの人が動き、声が交わり、誰かの出入りが重なる。そんな場面なら、一つの足音や姿が紛れるかもしれません。

ただし、騒がしければ必ず見つからない、とまでは読めません。騒ぎのために見張りが増えることもあります。門が閉じられる場合もあるでしょう。使える騒ぎと、近づけない騒ぎは別です。

だから「判断」が要ります。音を聞いた瞬間に飛び込め、とは書かれていません。

同じ騒ぎでも、入口ごとに条件が違う

屋敷の内側が慌ただしくても、裏門の前は静かな場合があります。大勢が庭へ集まれば、廊下から人が消えるかもしれません。反対に、出入りが増えて門番の目が厳しくなることもあります。

「人のさはかしき時分」を、場所全体の印象だけで決めるのは危険です。使う入口と進む道に、騒ぎがどう及んでいるかを確かめる必要があります。

誰が忙しいのかも大切です。家人が急いでいても、見張り役だけは持ち場を離れないかもしれません。見張り役まで別の仕事へ呼ばれているなら、同じ騒ぎでも意味が変わります。

原文には門や役目の例まで書かれていません。人の騒がしさを手掛かりにするなら、時刻より細かな条件まで見る必要があります。騒ぎを見つけた後に、もう一度場所と人を見ます。

慌ただしい時間には終わりがある

「あわたたしく、せましき」という言い方には、余裕のなさがあります。人々の注意が割れているとしても、その状態は長く続きません。用事が済めば静かになります。混乱が収まれば、いつもと違う者が目立ちます。

機会が短いなら、準備は前に済ませるほかありません。入口を探しながら考えるのでは遅い。行く先、戻り道、味方との合図を整えたうえで、短い時を待つことになります。

慌ただしさは、姿を紛らわせる助けになります。同時に、使える時間を限ります。ここを読み落とせません。

暗さではなく、注意の向きを読む

忍び入りを夜と結びつけるのは自然です。原文の後ろにも、夜と昼の時刻が並びます。それでも、冒頭では時刻を固定しません。

大切なのは、周囲の人が何に注意を向けているかです。忙しい作業に追われている。急な知らせに集まっている。出入りする者の確認が追いつかない。引用には具体例がありませんが、「人の騒がしさ」を見るとは、人の注意がどこへ割かれているかを考えることでしょう。

真夜中でも、見張りが一点へ集中していれば入りにくい。昼でも、大勢の動きに紛れられる時がある。本文の言い方なら、昼夜の別より先に現場の様子が来ます。

騒ぎを起こせとは書かれていない

人が騒がしい時を選ぶことと、自分で騒ぎを起こすことは違います。引用部分には、火を放つ、物を壊す、人を驚かせるといった指示はありません。

すでに起きている動きを観察し、使える時を選ぶ。四行から確かに読めるのは、そこまでです。騒ぎを人為的に作る策まで広げれば、原文の外へ出ます。

この区別は実務上も大きいでしょう。騒ぎを起こせば、注意をそらせる場合があります。同時に、警戒も強まります。本文では、その危険を引き受けるよう求めていません。

まず観察です。行動はその後に来ます。

「目合せ」は、機会と判断を合わせること

原文の「目合せへき」は、読みの難しい語です。ここでは、騒がしい時分を見定め、判断をその機会へ合わせる趣旨と取りました。

予定した時刻が来たから動くのではありません。現場で条件がそろったかを確かめます。まだ人が少ない。騒ぎが入口から遠い。見張りだけが落ち着いている。そうなら、待つ判断もあり得ます。

決めないのではありません。観察した後で決めるのです。

後ろの時刻一覧をどう読むか

引用した箇所の直後には、夜と昼に分けて複数の刻が記されています。具体的な時刻が続くのなら、「定まりたる時なし」と矛盾するようにも見えます。

けれども順序は明白です。先に原則が置かれ、その後に時刻の候補が来ます。後ろの一覧だけを規則にすれば、冒頭の一文が不要になります。

時刻は考える手掛かりです。最終判断は、人の騒がしさと機会の狭さに合わせます。候補と決定を分けて読む必要があります。

前の心得は帰路を先に決めていた

中巻の少し前には、「陣中忍時之習」があります。そこでは、味方との狼煙、見張り役の灯、帰るときの目印を出発前に用意します。

帰り道は前もって整える。入る時は現場を見て決める。二つの心得を比べると、固定と変化を使い分けていることが分かります。味方と共有すべき合図は先に決めます。相手側の様子に左右される時機は固定しません。

何でも臨機応変にするのではありません。何を決め、何を残すかが違います。

派手な身術より前にある仕事

壁を越える。音を立てずに歩く。姿を変える。忍術と聞けば、まず身体の技を思い浮かべます。しかし「忍入時分之事」で語られるのは、身体を動かす前の判断です。

周囲を観察し、人の動きを読む。機会が短いと知る。そして動くか待つかを決める。どれも目立ちません。

それでも、時を誤れば技を使う場所まで届きません。原典を順に読むと、忍びの働きは超人的な動作だけでは組み立てられていないと分かります。

四行から断定できないこと

四行だけでは、最善の時刻を一つに決められません。どの程度の騒ぎが必要かも数値では書かれていません。騒がしい場所なら必ず安全だとも言えません。

また、すべての忍び入りが夜だったと断定する根拠にもなりません。直後には夜と昼の双方が挙がり、冒頭では固定した時を退けています。

確かに言えるのは、判断の順序です。時計を見るだけで終えない。人々の様子を観察する。慌ただしく迫った機会に合わせる。『正忍記』を読むかぎり、忍び入る時は現場の人々を見て選びます。

出典

『正忍記』中巻、「忍入時分之事」。伊賀市デジタルミュージアムの『正忍記』画像二十三頁により本文を確認した。所蔵者は伊賀流忍者博物館。資料目録は延宝九年(一六八一年)とし、同館が画像を掲げる冊子は昭和期の写本である。引用の四行区切りは編集上補った。