万川集海を読む · 04
『万川集海』の忍び歩き——深泥・浅泥で変わる歩法
忍者には、いつでも同じ特別な歩き方があったのでしょうか。「歩法四ヶ條」の第一条を読むと、まず泥の深さを見ろ、と書いてあります。深ければ道具を使う。浅ければ足の運びを変える。同じ歩き方で押し通す話ではありません。
今回の一節の新規現代語訳
歩き方に関する四か条。
深い泥では橇を用い、浅い泥では抜足を用いること。
橇の図と説明は、忍器の篇の水器の章に記してある。
抜足とは、柳の枝のような心得である。口伝。
原文
歩法四ヶ條
一、大泥ニハ橇ヲ用ヒ、小泥ニハ抜足ヲ用ル事。
橇ノ図説、忍器ノ篇、水器章ニ記ス。
抜足ト云ハ、楊柳枝ノ心ナリ。口傳。
語句の注
- 歩法四ヶ條
歩き方に関する四つの条文。一つの歩法の名前ではありません。いくつもの状況と方法をまとめた見出しです。 - 大泥・小泥
深い泥と浅い泥。泥の広さではなく、足がどれくらい沈むかの区別と読みました。 - 橇
泥や水辺で体を支える道具。図説は別巻の水器章にある、と本文自身が案内しています。 - 抜足
浅い泥で使う足運びの名。現代語の「抜き足差し足」という決まり文句だけで意味を埋めないこと。 - 楊柳枝ノ心
柳の枝を手がかりにしたたとえ。実際の体の動かし方は「口傳」とあり、文字だけでは足りません。
そもそも、一つではなく四か条ある
忍び歩きと聞けば、音を立てずに進む特別な歩き方を思い浮かべます。足裏を外側から置く。重心を低くする。そういう決まった動きを想像する人もいるでしょう。ところが『万川集海』の見出しは「歩法四ヶ條」、つまり歩き方についての四か条です。一つではありません。
今回引用するのは、その第一条だけです。しかもその一条の中で、深い泥と浅い泥が分けてあります。深ければ橇。浅ければ抜足。同じ泥地でも一つの方法で押し通しません。沈む深さによって、道具と体の使い方を入れ替えます。
ここまでで分かるのは、歩法が決まった型の名前ではないということです。足元がどうなっているかを見て、方法を選ぶ。「忍者の歩き方はこれだ」という一枚の図より先に、地面を見分ける段階があります。
問題は静けさより、泥の深さ
忍びの歩法なら、音を消す方法が中心だろう。そう思いがちです。ところが第一条に「音」も「静か」も「気づかれない」も出てきません。書いてあるのは泥のことです。深い泥に足を取られたらどうするか。浅い泥ならどう足を運ぶか。それだけです。
もちろん、潜入で音がどうでもいいという話ではありません。同じ巻には、音を消す術が別の項目として置かれています。ただし今回の四行を、無音で歩く方法の説明に読み替えることはできません。ここに書いてあるのは、地面の状態に合わせて移動の仕方を選ぶ、ということです。
泥の深さを分ける言葉が冒頭にあるので、歩き出す前の観察が方法に含まれます。地面を確かめないまま決まった足運びを始めるのではありません。まず、大泥か小泥かを見る。術は体の形だけでなく、まわりを読むところから始まります。
深い泥では、歩かずに道具を使う
深い泥への答えは、特別な足の置き方ではありません。「橇ヲ用ヒ」です。足運びを工夫して歩く、という考えをやめて、道具に切り替えます。歩法の項目に橇が入っている。それだけで、ここでいう歩法が狭い意味の歩き方に限られていないと分かります。
しかも本文は、橇の図説をここで繰り返しません。「忍器ノ篇、水器章ニ記ス」と、別の章を案内します。読む側は歩法の条文から道具の図説へ移って、必要な情報を自分で組み合わせることになります。秘密を一か所に閉じ込めていません。書物の中で行き来させています。
この案内があるおかげで、橇がただのたとえでないことも分かります。図と説明を別に持つ、れっきとした忍器です。ただし今回の四行に、橇の形も乗り方も出てきません。本記事も抜粋を増やさず、参照先が書いてあるという事実までにとどめます。
浅い泥の「抜足」を決まり文句で読まない
小泥では「抜足」を使う、とあります。現代の日本語では「抜き足、差し足、忍び足」が一続きになっているので、足音を消してそっと歩く姿がすぐ浮かびます。ところが原文は、浅い泥への対応として抜足を置き、そのあとに「楊柳枝ノ心」と続けます。
つまりこの抜足は、ただ静かに歩くという普通の言葉ではありません。泥から足をどう抜いて、次の一歩へ移すか。柳の枝を手がかりにした、その場面のための言葉です。現代の決まり文句で分かったつもりになると、泥と柳という二つの条件が消えます。
「抜く」という字から、足を強く引き上げる動きを想像することもできます。けれども原文は、力の向きも速さも書きません。柳の枝というたとえに渡してしまいます。字の印象だけで、具体的な動きを決めつけないことです。
「楊柳枝ノ心」は、説明であり、そこで止まる合図でもある
柳の枝は、しなって、力を受け流して、また元に戻ります。抜足も、硬く力むのではなく、しなやかに足を扱うこと。そう読むことはできます。ただし、どの関節をどう動かすのか。足裏のどこから抜くのか。たとえだけでは決まりません。
原文は、そのすぐあとに「口傳」と書きます。つまり「楊柳枝ノ心」は完成した手順ではありません。あとは対面で説明し、実際にやって見せる。そういう合図です。このたとえは、秘密の答えそのものというより、教わった動きを思い出すための短い手がかりだったのかもしれません。
ですから、柳の枝を眺めて現代人が考えた動きを、そのまま『万川集海』の抜足だと決めることはできません。口伝とある箇所では、分からないところを分からないまま書く。それが原文に忠実な説明です。
書かれた知識と口伝が隣り合う
四行のなかで、知識の渡し方が三通りに分かれています。大泥には橇、小泥には抜足。この選択は、文章にそのまま書いてあります。橇の詳しいことは、別の章の図説へ送られます。抜足の要点は柳の枝というたとえで済ませ、実際の動きは口伝に残されます。短い条文ですが、本文と図説と口伝の三つが重なっています。
この組み立てを見れば、『万川集海』は何もかも隠して書かなかった、という言い方も当たりません。逆に、書物だけで全部の技を再現できる、という言い方も当たりません。編者は、書き留める部分、別の項目へ回す部分、人から人へ渡す部分を使い分けています。
読む側も、この区別を崩さないようにします。文章にある選択は説明できます。参照先があることも確かめられます。ただし口伝の中身は作れません。史料に残った線と、そこで途切れる線。両方を同時に見ます。
「これが忍者の歩き方だ」とは書いていない
今回の抜粋を読んでも、忍者がいつでも同じ歩幅、同じ足の角度、同じ姿勢で歩いた、とは言えません。むしろ深い泥と浅い泥で方法を変えています。片方では道具に切り替えます。どんな場所でも同じ型で通す歩き方とは、正反対です。
抜足が無音を保証した、とも書いてありません。柳の枝のたとえだけで技を再現できる、とも言えません。歩く速さ。足跡の残り方。履物。体の向き。どれも四行に出てきません。現代の演武や映像で見る歩き方は、それぞれ別に根拠を確かめることになります。
とはいえ、歩法など無かった、という話でもありません。見出しには四か条とあり、第一条だけでも、地面を見ること、道具、足運び、口伝が入っています。はっきりしているのは、歩法が神秘的な一つの型より、ずっと幅の広い実務だったということです。
歩法とは、足元を見て選ぶこと
第一条で肝心なのは、足の置き方だけではありません。目の前の泥が深いか浅いかを見る。深ければ橇、浅ければ抜足。方法を決める前に、地面を見分ける段階があります。
この順で読むと、忍び歩きは目立つ一つの技ではなくなります。その場で選ぶ、という話になります。道具を使うことも歩法のうち。詳しい図説は別の章で調べる。体の要点は口伝で教わる。『万川集海』の歩法は、決まった構えではありません。地面を見て、書物を引いて、人に教わる。その全部をつないだ実務として書かれています。
出典
『万川集海』巻十三「陰忍三」、「歩法四ヶ條」第一条。底本は伊賀市デジタルミュージアム所蔵本。巻十三の資料目録は同巻を江戸期写本として記録し、睡眠、犬、歩法、時、場所などの項目をまとめる。伊賀流忍者博物館の目録も、巻十三「陰忍三」に「歩法四箇条」を置いている。