『万川集海』を読む · 08

焼く・知らせる・救う——『万川集海』が挙げる火器の三つの徳

巻二十一の火器篇は、製法より先に三つの用途を数えます。城や陣を焼く。味方と合図する。風雨の中で味方を救う。火は攻撃だけに使われるのではありません。

今日の一節を現代語で読む

およそ世間では、火器を忍術の大切な道の根本とします。その主な働きは次の通りです。
第一は、城や陣へ入り、守りの固い陣や城を焼き滅ぼす働きです。
第二は、昼夜を問わず、味方と取り決めた合図を交わす働きです。
第三は、風雨でも消えない松明などを使い、苦境にある味方を救う働きです。

『万川集海』巻二十一、忍器四「火器」の冒頭。続く文は、よく考え、時に応じて用いるよう説く。その後に個々の火器が並ぶ。

原文

凡、世上ニ、火器ヲ以テ、忍術之要道之為根之、為其要、
第一、城陣エ入ツテ、堅陣鋭城ヲ焼亡之徳、
第二、不限晝夜、味方ト相圖ヲ合スル徳、
第三ニ、風雨不滅炬火等ヲ以テ、味方ノ難ヲ救フ徳有リ。

『万川集海』巻二十一、忍器四「火器」冒頭の四行。空白と句読点を除いて七十七字。伊賀市デジタルミュージアムの翻刻と対応する写本画像二により確認し、句読点と改行を整えた。

語句の注

  • 火器
    火や灯りを利用する道具の分類です。ここでは銃砲だけを指しません。
  • 要道之根
    忍術の大切な働きを支える根本です。火器だけが忍術の全てだという意味ではありません。

  • 道具が果たす働きや効用です。ここでは道徳上の徳目を三つ挙げるのではありません。
  • 堅陣鋭城
    守りの固い陣と城です。特定の城名ではありません。
  • 相図
    味方と前もって意味を決めた合図です。全ての忍びに共通する一種類の符号とは書かれていません。
  • 炬火等
    松明などの灯りです。「等」があるため、一つの道具だけには限りません。

巻二十一は「火器」で始まります

『万川集海』の忍器篇には、登器・水器・開器・火器という巻があります。巻二十一は、その最後の火器を扱います。

題だけなら、火を付ける道具の目録だと考えやすいでしょう。

冒頭は、すぐ製法へ進みません。火器が何に役立つかを先に数えます。第一、第二、第三と分け、用途の広がりを読者へ渡します。

最初は焼亡です。

次は合図です。

最後は救援です。

同じ火を使っても、向かう相手が違います。敵の城や陣へ向く火があります。味方へ情報を送る火もあります。苦境の味方を助ける灯りもあります。

火器を一つの武器像へ狭めると、第二と第三が抜け落ちます。

最初に数えられるのは三つの働きです

原文は、三つをすべて「徳」と呼びます。現代語の美徳とは少し離れています。ここでは、火器を使うことで得られる働きや効用です。

三つは同じ性質ではありません。

第一は、敵へ損害を与えます。第二は、味方との連絡です。第三は、味方の難を救います。

破壊、通信、救援。

この三分類を先に置くため、後ろに並ぶ道具を用途と結びつけて読めます。形が珍しいから記録したのではありません。何をさせるかが先にあります。

ただし、三つが同じ頻度で使われたとは限りません。番号は順番です。利用回数を数えた統計ではありません。

最初に置かれた焼亡が、常に最重要だったとも断定できません。冒頭の並びから分かるのは、編者が第一の用途として掲げたことです。

「焼亡」は隠しようのない結果です

第一の徳は、城や陣へ入り、「堅陣鋭城」を焼き滅ぼすことです。攻撃性は明らかです。

穏やかな言葉へ置き換えるべきではありません。

火は建物や物資を損ない、人にも危険を及ぼします。被害の規模は引用部分にありませんが、焼亡という語から破壊の結果は隠れません。

一方、特定の事件は語られていません。

城名もありません。年月日もありません。誰が入ったかも、実際に成功したかも不明です。ある城の火災を忍びの仕事と決める根拠にはできません。

記されているのは、想定された用途です。

「城陣へ入る」と「焼亡」が結びついています。遠くから火を投げる話にはなっていません。守りの内側へ入る仕事と、火器の用途をつないでいます。

それ以上の手順は、この四行にありません。

相図には味方がいます

第二の徳では、火の向きが変わります。敵を焼くのではなく、味方と合図を交わします。

「相図」は、今の合図に当たります。

大切なのは、意味を共有する相手がいることです。光を出すだけなら、見た人が内容を理解できません。何を知らせるかを前もって決めておく必要があります。

原文は「昼夜を限らず」とします。

昼も夜も同じ方法だったとは書かれていません。色、回数、間隔も不明です。特定の符号表を、この短い文から作ることはできません。

それでも、一人だけで完結しない仕事だとは分かります。

送る者がいます。受ける味方もいます。互いに意味を知っています。忍びを孤独な侵入者だけで考えると、この協同が見えません。

目立つ光を使いながら、情報の意味は仲間の間だけで通じる。その組み合わせが、第二の用途を支えます。

風雨の中では救援に回ります

第三の徳は、風や雨でも消えない炬火などを使い、味方の難を救うことです。

ここでも相手は味方です。

第二では情報を渡しました。第三では、苦境にある仲間を助けます。同じ味方へ向く火でも、働きは違います。

どのように救うかは書かれていません。

道を照らすのか。居場所を知らせるのか。作業の灯りにするのか。複数の可能性があります。原文では一つに決まっていないため、ここでも絞りません。

確かなのは、悪天候が条件に入ることです。

普段の灯りなら消える場面を想定します。火を起こす能力だけでは足りません。風雨に耐え、必要な間だけ働くことが求められます。

ただし、必ず消えなかったという実験記録ではありません。道具の効用を説く文です。性能試験の報告とは分けて読みます。

三つを同じ重さで並べません

第一から第三まで番号があると、同格の三項目に見えます。形式上は、どれも火器の徳として並びます。

結果の重さは違います。

城を焼く行為は、敵へ大きな被害を及ぼします。合図は情報を伝えます。救援は味方の難へ対応します。働きが違えば、人への影響も違います。

「徳」という共通語だけで、その差を消してはいけません。

これは編者の立場から見た効用です。焼亡も、有利な働きとして数えられています。現代の読者が同じ価値判断を受け入れる必要はありません。

原文の評価と、読み手の評価を分けます。

そうすれば、攻撃をぼかさず、同時に合図と救援も取り落としません。三つを一つの刺激的な像へまとめず、それぞれの向きと結果を確かめられます。

製法より前に用途を置きます

火器篇の後半には、個々の道具が並びます。しかし、冒頭の四行には寸法も配合もありません。

先に目的を置きます。

何のために使うかが定まらなければ、道具の形だけを覚えても意味がありません。焼亡、相図、救援という三つの仕事が、個々の記述を読む手掛かりになります。

続く一文にも注意が要ります。

よく考え、時に臨んで用いるよう命じます。三つの徳を知っただけで、いつでも使ってよいとはしていません。時機と判断が加わります。

火器を知らないのに忍者の名を触れる者への批判も続きます。

火器の知識は、編者が考える力量の一部です。ただし、当時の忍び全員を調査した記録ではありません。編者が掲げた基準として扱います。

伝書と実際の使用を分けます

伝書に火器が載る事実と、現場で使われた事実は同じではありません。

編者は、知っておくべき用途として三つを挙げます。けれども、誰がどこで使ったかを報告してはいません。教える内容と、起きた出来事を分けて読みます。

各地の忍びが同じ道具を持ったとも限りません。『万川集海』の記述は大切な史料ですが、一冊だけで地域や時代の違いを消すことはできません。

四行から言えないこと

作り方は分かりません。材料、量、寸法、点火法は引用していません。

共通の合図も分かりません。「相図」は取り決めを含みますが、具体的な意味はありません。

使用回数も不明です。

三つの用途が実戦で何度行われたかを数える資料ではありません。よく使われた順番だとも決められません。

成功率も出せません。風雨不滅という名称や効用の説明はありますが、条件をそろえた試験ではありません。

特定の火災とも結べません。

事件の記録と照合せず、忍者が焼いたと語るのは危険です。用途の記述と、実際の出来事を分けます。

すべての忍びが火器を携えたとも言えません。伝書に項目があることは、全員の装備を証明しません。

末尾の巻に置かれた火を読み直します

忍器篇の末尾にある火器は、破壊の道具だけではありません。

第一の徳は敵へ向きます。

第二と第三は味方へ向きます。

一つは、決めた意味を遠くへ送ります。もう一つは、風雨の中で難にある者を助けます。火の物質的な働きは同じでも、関係する人と目的が変わります。

この広がりは、忍器を珍品の一覧として読む時には見落としやすいものです。

道具は単独で働きません。城へ入る者がいます。合図を受ける味方がいます。救援を必要とする仲間もいます。事前の取り決めや、その場の判断も要ります。

火器篇の冒頭は、製法の秘密を明かす箇所ではありません。

火を何へ振り向けるかを数えます。焼く、知らせる、救う。三つの徳を分けて読むと、道具が用途と協同の中に置かれていることが分かります。

出典

『万川集海』巻二十一、忍器四「火器」。原文と位置は、伊賀市デジタルミュージアムの翻刻および対応する写本画像二により確認した。同館の目録は、伊賀流忍者博物館所蔵、江戸時代、一冊と記す。