忍秘伝を読む · 02

『忍秘伝』の「一父一子」——誰に術を伝えたのか

家の子孫が増えても、術を受け取る者は増やさない。『忍秘伝』は巻之一の冒頭で、血縁と伝授を分けています。生まれただけでは、受け手になれません。

今回の一節の新規現代語訳

伊賀・甲賀の家々では、子孫が増え、多くの枝に分かれています。
けれども、この道を授け、受け取る者は、一人の父と一人の子のほかにあってはなりません。

『忍秘伝』巻之一「伊賀甲賀伝記」の冒頭です。巻目録の次に置かれ、伊賀・甲賀の家の来歴へ入る前に、術を誰から誰へ渡すかを定める箇所です。

原文

伊賀甲賀之家、子孫繁多成叢多しといへども、
此道を以て授受する者は、一父一子の外は不可有。

『忍秘伝』巻之一「伊賀甲賀伝記」冒頭の二文、句読点を除いて四十字です。伊賀市デジタルミュージアム所載の伊賀流忍者博物館蔵本五コマと翻刻により、句読点と改行を整えました。

語句の注


  • 夫婦と子だけの小さな家族ではありません。子孫へ続く家筋と、その家に属する人々を含みます。
  • 叢多し
    枝が重なるように、多く分かれていること。子孫が増え、家筋が枝分かれした様子を述べます。
  • 此道
    「この書」ではなく「この道」です。紙の冊子だけでなく、教えと実践を受け継ぐ関係まで含む言い方です。
  • 授受
    授けることと受けること。教える側と受け取る側を一組にして表します。
  • 一父一子
    一人の父から一人の子へ、という制限です。どの子を選ぶかまでは書かれていません。

子孫が多い、だからこそ限る

書き出しは、家が続いたことを語ります。伊賀と甲賀の家には子孫が多い。枝分かれした家筋も多い。ここまでは繁栄の話です。

ところが、次で数を絞ります。術を授け、受け取るのは、一人の父と一人の子だけ。家に属する人数と、伝授を受ける人数は同じではありません。

血縁があれば全員に教える、とはならないのです。家の子に生まれても、受け手にならない者がいます。兄弟が何人いても、一人しか選ばれません。

最初の文は飾りではありません。子孫が増えたという事実を置かなければ、次の制限は目立ちません。家は広がる。伝授の線は細い。その差を二文で語っています。

「一父一子」が決めていないこと

厳しい決まりに見えます。ただし、詳しい選び方はありません。長男とは書かれていません。最も腕の立つ子とも、最も忠実な子とも書かれていません。

適任の男子がいない場合も不明です。養子を迎えるのか。兄弟の家へ戻すのか。弟子へ渡すのか。伝書を処分するのか。今回の二文からは答えが出ません。

娘についての説明もありません。「子」を必ず男子だけに限るかどうかを、この箇所だけで決めるのは危険です。原文の定型を、そのまま個別の家族史へ当てはめないほうがよいでしょう。

分かるのは、授受を一対一に絞るという原則です。選ぶ手順は別です。原則と実例を混ぜると、史料にない家系図を作ってしまいます。

目録のあとに置かれた門

伊賀流忍者博物館蔵本は一冊で、四巻の内容を収めます。巻之一の目録には「伊賀甲賀伝記」のほか、筒火、忍明松、窃盗、忍道具、薬などが並びます。後の巻にも道具の図や作り方が続きます。

実用的な項目が多い書物です。結梯のように、形と作り方が分かる道具もあります。だからこそ、誰が読むかは大きな問題になります。

紙に書けば、写せます。図を見れば、似た物を作れます。口で教えれば、別の人にも伝わります。知識は動きます。

その動きを、巻の初めで狭めています。道具の説明へ入る前です。読者はまず、自分が正しい受け手なのかを問われます。

家の子孫であるだけでは足りません。正式に授ける者がいる。受ける者も一人に決まっている。知識の中身より先に、渡し方が置かれます。

「この書」ではなく「この道」

原文は「此道」と書きます。「この本」ではありません。そこには違いがあります。

本なら、手元にあるかどうかを確かめられます。けれども道は、紙だけでは終わりません。教える者がいて、受ける者がいる。使い方を学び、判断を重ねます。

伝書を持っているから、術を身につけたとは限りません。道具の寸法を読めても、使う時と場所を誤れば役に立たない。状況に応じる部分は、項目の暗記では埋まりません。

もっとも、冒頭の授受規定だけから、全項目に口伝が付いたと断定することもできません。「道」という一字に、後世の修行論を詰め込みすぎないことも大切です。

確かなのは、授受の対象が冊子の所有より広く書かれていることです。物を渡す話ではなく、人から人へ道を渡す話になっています。

秘密とは、見えなくすることだけではない

忍術の秘密というと、姿を隠す術や、仕掛けを隠す道具を想像しがちです。ここで隠されるのは、物の姿ではありません。受け手の範囲です。

家の中にも境があります。知ってよい者と、まだ知らない者。授ける者と、受ける者。それ以外の子孫。線が引かれます。

秘密を守るには、内容を難しくする方法もあります。暗号にする。言葉を省く。口頭で補う。けれども人を限る方法もあります。今回の文は、後者です。

大勢の集団を想像する必要はありません。一人から一人へ。狭い線です。家が増えても、線は増やさない。それが本文の語る秘匿です。

伝来の名前をどう読むか

伊賀市デジタルミュージアムの目録では、この本を江戸期の写本とします。四巻を一冊に収め、伊賀流忍者博物館が所蔵しています。

伝来欄には、服部半蔵保長が伝え、服部美濃辺三郎が受け、加藤作左衛門が写したという名が並びます。由緒を語る重要な情報です。

ただし、名が書かれていることと、出来事が別の史料で確認できることは同じではありません。後の世代が服部半蔵の名を借りた可能性も、目録の解説は挙げています。

一父一子という規範も同じです。本文がそう命じたことは確認できます。すべての代で守られたかどうかは、別の問題です。

決まりを書いた史料は、実行の記録ではありません。何を正しい伝授と見なしたか。その考えを知る史料です。

「一父一子」から言えないこと

伊賀・甲賀のすべての家が、一父一子を守ったとは言えません。扱っているのは『忍秘伝』の一箇所です。地域全体の調査結果ではありません。

父子が必ず実の親子だったとも言えません。養子や弟子の例外を認めたかどうかは、ここにはありません。

伝書が一冊しか存在しなかったとも言えません。正式な受け手を一人に限ることと、写本の数を一冊に限ることは別です。

また、服部半蔵が現存本を書いたとも断定できません。伝来の名と、現存する冊子の制作時期を分けて考える必要があります。

逆に、決まりが守られなかった例を一つ見つけても、文章が無意味になるわけではありません。規範は、違反の有無とは別に、正統性を判断する基準として働きます。

家は枝分かれし、伝授は一本にする

二文の対比は明快です。子孫は増えます。家も分かれます。けれども、術を渡す相手は増やしません。

生まれは候補を作ります。伝授は受け手を決めます。両者は同じではありません。

受け手を一人に絞れば、失う危険も高まります。病や事故があれば、次へ渡せません。それでも広く教える道を選ばない。本文は、知識が薄まる危険や外へ漏れる危険を、断絶の危険より重く見たのでしょう。ただし、理由までは書かれていません。ここは規定から考えられる範囲にとどめます。

伝承が長く続いたという結果から、仕組みが常に同じだったとも決められません。規範は同じでも、家ごとの事情は変わります。個々の受け渡しを知るには、奥書や譲状など別の記録が要ります。

この区別を知ると、『忍秘伝』の道具や心得も、ただの知識一覧ではなくなります。誰でも読んでよい百科事典として書かれたのではない。本文自身が、入口を狭くしています。

いま私たちは、その入口の外から冊子を読みます。だからこそ、書いてある技だけでなく、誰へ渡そうとしたのかも読む必要があります。一父一子。短い定型ですが、書物の性格を決める言葉です。

出典

『忍秘伝』巻之一「伊賀甲賀伝記」冒頭。伊賀市デジタルミュージアム所載の伊賀流忍者博物館蔵本五コマで原本と翻刻を確認しました。同館の目録は江戸期、一冊、四巻とし、服部半蔵保長伝・服部美濃辺三郎承伝・加藤作左衛門写と記録しています。