忍秘伝を読む · 03

道具のあとに何が来るか——『忍秘伝』巻目録の末尾

『忍秘伝』の巻之二と巻之三には、鋸、梯子、鉤、縄、火の道具が続きます。ところが巻目録の最後は物の名ではありません。他国、行路、忍び入り、隠密で終わります。

今回の一節の新規現代語訳

他国へ入るときの歌について。
道を行くことに熟達する心得について。
忍び入るための最も大切な心得について。
忍び隠れて働く秘法について。

『忍秘伝』巻目録、巻之四の末尾です。「応所変体之事」に続く四項目で、この後には「已上」とだけ記され、巻之一の本文へ移ります。

原文

一他国入て歌の事
一行路功者の事
一忍入の大極意の事
一忍隠密の秘法の事

『忍秘伝』巻目録、巻之四の最後に並ぶ四行です。空白を除いて三十三字あります。伊賀市デジタルミュージアム所載の伊賀流忍者博物館蔵本の巻目録と翻刻により、空白を整えました。

語句の注

  • 他国
    自分の領国ではない土地です。知らない支配領域へ入る場面を指します。

  • 目録の翻刻は、この字を掲げます。何を詠んだ歌か、四行だけでは分かりません。
  • 行路功者
    道を行くことに慣れ、経験を積んだ者です。「功者」には熟達した人という意味があります。
  • 大極意
    最も大切な心得という名です。目録は重要さを伝えますが、中身までは語りません。
  • 忍隠密
    人に知られず、隠れて働くことです。最後の項目では「秘法」と組み合わせます。

巻之二と巻之三は物の名が多い

巻目録を上から読むと、物の名が次々に出ます。軽明松。鎌。樋鉤。鉄。錐。大鋸。結梯。浮橋。小鋸。蒔菱。

まだ続きます。火箱、火金、鳥子、探り金、盾、木太刀、縄、橋。図を添えた項目もあります。

目録だけでも、道具の多さは分かります。作り方を扱う書物だと思うのも無理はありません。

しかし全四巻です。巻之四へ入ると、人の振る舞いへ近づきます。出立。便宜の人。見聞。変体。他国。行路。忍び入り。隠密。

道具は消えません。道具の後に、使う人が来ます。巻目録の並びを最後まで読むと、両方が同じ冊子に収まっていることが分かります。

他国へ入るところから始まる

選んだ四行の最初は「他国」です。目的の屋敷や城ではありません。まず領国の外へ入ります。

境を越えれば、知っている道ばかりではありません。言葉の癖も違うでしょう。人の往来や役人の見回りも、自国と同じとは限りません。

原文は、そこで「歌」を掲げます。歌の内容は四行にありません。旅の歌なのか、覚えるための歌なのか、別の働きがあるのか。ここでは決められません。

歌という一字だけを広げて、忍びが歌いながら変装したと想像するのも危険です。目録が項目を立てた。まず言えるのはそれだけです。

それでも、他国への入り方が独立した項目だったことは確認できます。忍び入りの前に、土地へ入る段階を置いています。

「行路功者」は道具ではない

次に「行路功者」が来ます。道を行くことに慣れた人です。

道は毎回同じ姿ではありません。雨が降ります。川が増えます。人が集まります。関所の扱いも変わります。

地図を持っていても、歩けるとは限りません。橋が落ちているかもしれません。予定より日が暮れるかもしれません。

経験を積んだ人は、変化へ応じます。どこで休むか。誰に道を聞くか。どの道が自然か。細かな判断が続きます。

もちろん、四行には判断の方法が書かれていません。熟達者をどう見分けるかも不明です。ですが、人の経験を一項目にしたことは確かです。

大鋸や結梯は形を描けます。行路の熟達は描けません。人が身につけるものだからです。

忍び入りは旅の後に置かれる

三番目で、ようやく「忍入」が出ます。しかも「大極意」です。重要な項目だと分かります。

ただし、目録の順では突然現れません。他国へ入る。道に慣れる。その後に忍び入る。段階があります。

目的地へ着くまでの行程も仕事の一部です。遠い所へ移る途中で不審に思われれば、忍び入りの前に失敗します。

目立つ場面だけを抜き出すと、城壁を越える瞬間へ注意が集まります。巻目録を順に読むと、その前に移動の段階が置かれています。

だからといって、四行から具体的な侵入法を作ることはできません。入口の探し方も、時刻も、人数も不明です。項目名と順序を読む記事です。

最後は「秘法」と名づける

四番目が巻目録の最後です。「忍隠密の秘法の事」とあります。

中身を隠したまま、秘法があることだけを告げます。目録には役目があります。必要な箇所を探せるようにすることです。

詳しく書きすぎれば、目録だけで教えが漏れます。何も書かなければ、受け手も探せません。短い名なら、存在と位置だけを伝えられます。

「秘法」という名が付いたから、必ず最上の教えだとは決められません。末尾だから最高位だとも限りません。

それでも、最後が道具の寸法ではないことには注目できます。目録は、人が隠れて働く心得を掲げて閉じます。

物だけでは働けない

道具には役目があります。鉤は掛けます。縄は結びます。鋸は切ります。用途を想像しやすい。

しかし、物は時を選びません。場所も選びません。持つ人が決めます。

どの道を通るか。誰の前で使えるか。持っていること自体を隠すか。使わずに済ませるか。判断は人に残ります。

巻之四の項目には、見た所、聞いた所、状況への変化、他国、行路が並びます。周りを見る人の働きです。

『忍秘伝』を忍具図鑑としてだけ読めば、後半を取り落とします。反対に、心得だけの書物と呼べば、巻之二と巻之三の道具を取り落とします。

物と人。両方です。巻目録は、その広がりを短い題名で残しています。

目録から読めること

目録は本文の外側に見えます。けれども一次史料です。巻の数。項目の名。並び順。どこで終わるか。すべて確認できます。

とくに長い書物では、構成を知る手がかりになります。何に名前を付けたか。どの話を同じ巻へ収めたか。項目の偏りも分かります。

一方で、短い題名には限界があります。「大極意」の内容は読めません。「秘法」の手順も読めません。

目録だけで本文を代用してはいけません。ここで扱うのは、四つの項目が末尾に置かれたという事実です。

内容を知るには、該当箇所を別に読まなければなりません。読めない字があれば、推測せずに止めます。題名が大きくても、書いてある以上のことは足しません。

四行から言えないこと

伊賀・甲賀の忍び全員が、同じ順で修行したとは言えません。これは一つの伝書の巻目録です。

行路功者が特定の役職だったとも言えません。名前や人数はありません。

他国へ入るとき、必ず歌を詠んだとも言えません。歌の中身も働きも、今回の四行では不明です。

末尾の秘法が、ほかの全項目より上位だとも決められません。配列の理由は書かれていません。

服部半蔵保長が現存本を書いたとも断定できません。目録には伝来の名がありますが、伊賀市の解説は、後世に名を借りた可能性へ注意を促しています。

そして、巻目録だけから実際の行動を再現することもできません。読み取れる範囲は、項目名と位置です。

巻目録は人へ戻って終わる

巻之二と巻之三では、物の名前が目を引きます。見れば分かる形があります。図もあります。

巻之四の末尾は違います。他国へ入る。道に熟達する。忍び入る。隠密の秘法を受ける。人の移動と心得です。

道具を否定してはいません。最後まで読むと、道具だけではないと分かります。

忍びは物を持ちます。同時に、知らない土地を歩きます。周りを見ます。時に応じます。秘密を守ります。

巻目録は「已上」で閉じます。その直前の四行には、物から人へ戻る道筋があります。『忍秘伝』の全体を読む入口になる並びです。

巻目録の末尾を読むと、派手な道具だけを忍術の中心に置く見方は狭すぎると気づきます。旅を続ける体力も、人に怪しまれない振る舞いも、土地ごとの差を覚える経験も、物の形にはできません。四行は手順を明かしませんが、道具を扱う前後に人の判断が要ることを忘れさせません。

また、目録の末尾まで来ると、読者の注意は本文の細部へ戻ります。項目名を見ただけで理解したつもりにならず、それぞれの本文と照らす必要があります。道具の図から入った読者にも、最後に人の経験と判断を読む課題が残ります。

出典

『忍秘伝』巻目録、巻之四の末尾。伊賀市デジタルミュージアム所載の伊賀流忍者博物館蔵本の巻目録と翻刻で、四項目と直後の「已上」を確認した。同館の目録は江戸期、一冊、四巻とし、服部半蔵保長伝・服部美濃辺三郎承伝・加藤作左衛門写と記録している。