藤田西湖を読む · 01
藤田西湖は忍術を「怪しげな術」と切り離した
昭和十七年の忍術書は、講談や映画の怪しげな術を冒頭で退けました。古い秘伝の紹介に入る前に、著者はまず「それは忍術ではない」と線を引いています。
今回の一節の新規現代語訳
現代で忍術というと、まるで時代遅れの異様なもののように受け取られている。
講談本や大衆文芸、そのほかの映画や演劇で、不可思議な術を見せている。
いかにも科学を超え、科学を無視した術のように思われている。
しかし、忍術はそのような非科学的なものではない。
原文
現代に於て忍術なぞといふといかにも時代離れのしたグロテスクな、
彼の講談本や、大衆文藝其の他映畫、演劇に於て見せられる樣な不可思議な術、
あの如何にも科學を超越、無視した術の樣に思はれるが、
忍術はそんな非科學的なものではない。
語句の注
- グロテスク
ここでは、奇妙で異様なものとして演じられた忍術像を指します。 - 講談本
講談の物語を読み物にした本。著者は映画や演劇と並べ、娯楽のなかの忍術を一括しています。 - 科學を超越、無視
自然の約束を外れた不可思議な術を指す言い方です。著者はそれを自分の説く忍術から切り離します。 - 非科學的
四行の結びに置かれた否定語です。何が科学的なのかは、この四行の後で説かれます。
本文一頁目の線引き
『忍術からスパイ戦へ』は、過去の秘伝書をそのまま転載した本ではありません。昭和十七年の著者が、自分の時代の言葉で忍術を説いた本です。最初の本文で話題となるのは、古い術名でも道具でもありません。読者がすでに知っている忍術像です。
講談本。大衆文芸。映画。演劇。その四つが並びます。人間の力では説明できない術を見せる場所です。藤田は、そこで作られた像を著書の出発点にします。それを紹介したいからではありません。自分が使う「忍術」と分けるためです。
そのため、「非科学的なものではない」という一文は、結論ではありません。入り口です。不可思議な力を待ち望む読者はここで、ここから先はその話ではないと念を押されます。
「怪しげな術ではない」だけでは定義できない
否定は鮮明です。しかし、否定した後に何が残るのかは、四行だけでは決まりません。超常的な忍法でないと言っても、歴史的な忍びの仕事、警戒や尾行の技術、近代的な情報収集など、さまざまな内容を入れられます。どこまでを同じ名で呼ぶのか。そこが問題になります。
藤田は直後に、忍術を軍事探偵や当時の間諜の術へと結びつけていきます。書名を見ても、その方向はすでに分かります。古い言葉を守るだけではない。現代の語彙につなぐ。そのうえで、両者を一続きのものとして語ります。
ここで読者が気をつけたいのは、「古くから存在した」と「同じものである」は別の判断だという点です。著者が両者をつないだことは、本の本文から確かめられます。そのつなぎ方が歴史的に正しいかどうかは、より古い史料と照らして考える必要があります。
昭和十七年の言葉として読む
出版年は一九四二年です。これは単なる書誌情報ではありません。出版年を確かめれば、本文の「現代」が一九四二年を指すと分かります。今の科学史や情報活動の用語を、そのまま当てはめることはできません。
書物の後半へ進むと、戦時下の価値判断や当時の戦争の語彙が表に出ます。それを今日の読者の意見と重ねる理由はありません。歴史資料として読むとは、その時代に書かれた言葉を、その時代に置くことです。賛成も反対も、その後です。
一方で、出版年だけで本の価値が決まるわけでもありません。忍術と呼ばれるものを近代の著者がどのように語り直したのか。その語り口は、この本でしか読めません。近世の秘伝書とは違う価値が、そこにあります。
表紙の「甲賀流忍術第十四世」をどう読むか
標題紙には、著者名の前に「甲賀流忍術第十四世」とあります。これは、藤田が著書のなかで自分をどのように名乗ったかを知る根拠です。ただし、その名乗りだけで伝承の系譜がすべて証明されるわけではありません。書いた人の自己位置と、外部の史料で確かめた系譜とは分けて扱います。
藤田西湖に「最後の忍者」という呼び名を添える紹介もあります。印象に残る言葉です。しかし、何をもって「最後」とするのかが定まらなければ、歴史的な証明にはなりません。今回はその呼び名を根拠にしません。一九四二年の本に何が印刷されたのか。そこに範囲を限ります。
四行から言えること
第一に、藤田が講談本、大衆文芸、映画、演劇の忍術像を知っていたことは言えます。しかも、その像を黙って受け入れてはいません。自分の説明とは違うと、冒頭で切り分けています。
第二に、「科学」を境目の言葉に選んだことも言えます。これは、近世の忍術書にそのままある語彙ではありません。昭和期の著者が、古い題材を自分の時代に置き直しているのです。
一方、講談や映画のすべてが史実と無関係だったとは言えません。作品ごとの材料は、四行には書かれていないからです。藤田の定義が忍術の唯一の定義だとも言えません。そして、自称した伝承者の地位が四行で証明されることもありません。
残るのは、一九四二年の藤田西湖が、読者の頭にある怪しげな術の像を払ってから自分の話を始めた、という事実です。まず物語の忍術と距離を取る。次に、近代の言葉で説き直す。その二段構えが、本文一頁目から始まっています。
四つの娯楽名を史料としてどう扱うか
講談本、大衆文芸、映画、演劇。媒体の名前は四つありますが、作品名は一つも挙げられていません。したがって、どの物語のどの場面を批判したのかまでは特定できません。四つの媒体に登場した忍術がすべて同じ姿だった、とまとめることもできません。ここで確かなのは、藤田が複数の娯楽を一つの側に置き、自分の説明とは区別したことです。
この区別は、当時の映画や講談を調べる手がかりにはなります。ただし、作品を見ずに中身を決める根拠にはなりません。藤田が「不可思議な術」と呼んだ像が、どの作品で、どのような筋立てのなかに現れたのか。それを知るには、作品ごとの台本、本文、映像、広告などが要ります。忍術書の一頁を読んだだけで、娯楽史まで説明したことにはなりません。
同じ注意は、当時の読者にも向ける必要があります。藤田がよく知られた像を前提に書いたからといって、すべての読者がそれを信じていたとは限りません。楽しんで見ることと、史実として信じることは違います。四行から分かるのは著者の書き方です。観客の受け取り方は、別の資料で確かめなければなりません。
「科学的」を合格印にしない
藤田は「非科学的なものではない」と断言します。これは著者自身の立場です。この言葉が印刷されているからといって、その後に載るすべての術が科学的に検証されたことにはなりません。実行できるかどうか。古い伝書に対応する記述があるか。藤田自身の経験なのか、伝聞なのか。項目ごとに根拠を分ける必要があります。
とくに「科学」という語を読むと、今の読者は安心しやすくなります。けれども、何を測り、どんな条件で確かめ、誰が同じ結果を得たのかが書かれていなければ、検証の手順は分かりません。「科学的」という自己評価と、後から追試できる記録とは別です。藤田の主張を退けるためではありません。主張の範囲を決めるためです。
その一方で、著者が怪異だけを売り物にしていたと決めつけるのも誤りです。少なくとも冒頭では、超自然的な術を自分の説明から外しています。つまり、読み手は二つの早合点を避けなければなりません。何でも秘術として信じない。何でも作り話として捨てない。本文と照合できるところから、少しずつ分けていきます。
近世の秘伝書と重ねない
『万川集海』や『正忍記』を読むときは、江戸時代の写本や翻刻に当たります。藤田西湖を読むときは、二十世紀の印刷本に当たります。同じ「忍術」という表題の下に置かれていても、年代も執筆の目的も違います。
だから、一方で他方を説明し尽くさない。それが大切です。近世の術名が昭和期まで変わらずに伝わったと、文字の一致だけで判断することはできません。逆に、近代的な語彙があるからといって、古い資料の痕跡まで消えるわけでもありません。続いているものと、読み替えられたものとを、一項目ずつ確かめていく必要があります。
今回の四行から読み始めると、この区別がしやすくなります。読者はここで、藤田自身が物語と技術的説明とを分けたことを知ります。次に問うべきは、その技術的説明のなかに、どの時代の知識が入っているのかです。
出典
藤田西湖『忍術からスパイ戦へ』(東水社、一九四二年)「忍術の本領と使命」冒頭、本文一頁。国立国会図書館デジタルコレクションの十一コマで印刷面を確かめ、同館のOCRと文字を突き合わせました。国立国会図書館サーチの書誌では、著者は藤田西湖、出版者は東水社、出版年は昭和十七年、分量は三百四頁です。書誌の著作権情報はPDMです。