正忍記を読む · 01
『正忍記』の七方出——黒装束ではない七つの変装
忍びの変装は、黒い衣の代わりに別の衣装を着ることだったのでしょうか。「七方出之事」の書き出しに並ぶのは、虚無僧、出家、山伏、商人。服の名前ではありません。世の中で通じる肩書です。
今回の一節の新規現代語訳
一つ、虚無僧。
一つ、出家した僧。
一つ、山伏。
一つ、商人。
原文
一、こむ僧
一、出家
一、山伏
一、商人
語句の注
- 七方出
七つの姿で出ることをまとめた項目名。衣装の一覧ではありません。任務に合わせて、外から見える立場を選ぶための分類です。 - こむ僧
虚無僧を指す写本上の表記。深編笠をかぶり、尺八を携えて歩く姿で知られます。ここでは肩書として挙がっています。 - 出家
俗世の家を出て仏門に入った者。現代の寺院住職だけに狭めず、宗教者としての姿を指します。 - 山伏
山野で修行する修験者。旅と宗教活動が結びつき、まわりから見てそれと分かる立場でした。 - 商人
品物を扱い、人と話し、移動する理由を持つ者。派手な扮装ではなく、会話と往来が自然かどうかで決まります。
七方出は「七着の衣装」ではない
「七方出」は、忍者の七つの変装としてよく紹介されます。そう聞くと、衣装箱から七種類の服を選んで、着替えれば終わる技術のように思えます。ところが書き出しの四項目に、布地も色も形も出てきません。虚無僧、出家、山伏、商人。人が世の中で占める立場です。
もちろん衣服も、その立場の一部です。ただし虚無僧らしい笠をかぶっただけでは足りません。声をかけられたときの受け答え。旅の理由。持ち物。歩き方。知っているべき作法。そこまで揃って、はじめて信用されます。七方出が求めているのは、外見の取り替えではありません。まわりが納得できる人物に見えることです。
変装を「隠れること」とだけ考えていると、この違いに気づけません。七方出の人物は、人目を避けません。道を歩き、相手に近づき、話をします。品物を見せることも、芸を見せることも、宗教上の役目を果たすこともあります。姿は見えている。それなのに、忍びとしての狙いは見えない。その状態を作るのが、ここでいう変装です。
なぜ虚無僧・出家・山伏が続くのか
最初の三つは、どれも宗教に関わる姿です。とはいえ、似た服を三つ並べただけではありません。虚無僧、出家、山伏。外見も、持ち物も、動く理由も違います。共通しているのは一点だけです。住んでいる土地を越えて移動しても、人の近くに現れても、その肩書自体が一応の説明になる。
原文の続きには、男にも女にも近づける、といった理由が姿ごとに書かれています。つまり、宗教者らしく見えることが目的ではありません。その姿でいれば、近づいても、行き来しても不自然にならない。そこが肝心です。変装の値打ちは、服の珍しさでは決まりません。相手との距離がどう変わるかで決まります。
ただし、ここから当時の宗教者を怪しい人たちだと考えるのは筋違いです。この方法が成り立ったのは、宗教者が移動したり人に会ったりすることが、世の中で当たり前だったからです。ありふれた役目の信用を、別の目的のために借りる。原典に書いてあるのはその仕組みであって、同じ姿の人たちへの評価ではありません。
商人という、もっとも日常的な入口
四番目の商人で、宗教から離れます。ここまで来ると、一覧の狙いがはっきりします。商人には品物を持ち歩く理由があります。人に話しかける理由もあります。土地のことや暮らしぶりを尋ねる場面も自然に生まれます。何かを売る。その表向きの行いが、移動と接触の両方を説明してくれます。
商人が目立たないから選ばれた、のではありません。商いをすれば、むしろ人目に入り、言葉も交わします。それでも怪しまれない。「なぜここにいるのか」「なぜ話しかけるのか」という問いに、肩書そのものが答えるからです。七方出は、視界から消える方法ではありません。見えている行いに、別の意味を持たせる方法です。
そう考えると、変装にはそれなりの知識が要ります。商人を名乗るなら、扱う品、値段、道筋、取引の言葉。どれも知らなければなりません。原文に並ぶ短い名前は、誰でも簡単に真似できると請け合っているのではありません。学ぶべき役柄を、名前だけに縮めてあるのです。
黒装束を基準にすると見誤る
黒装束の忍者は、舞台や絵物語では便利な姿です。観客は一目で「忍者だ」と分かります。物語のなかの登場人物には隠れていても、見ている側には正体が伝わらないと困ります。黒い姿は、「隠れている人物」を観客に見せるための記号です。
ところが七方出は、見た人に忍びだと知らせるための方法ではありません。虚無僧なら虚無僧、商人なら商人として受け取られなければ困ります。誰が見ても忍者だと分かる制服とは、働きが逆向きです。四項目に黒装束という語が無い、という話だけではありません。一覧の組み立てそのものが、決まった忍者らしい外見から離れています。
とはいえ、「本物の忍者は黒い服を決して着なかった」とまでは言えません。引用したのは七方出の書き出しであって、あらゆる時代・地域・状況の服装を調べた記録ではないからです。確かめられるのは、ここまでです。『正忍記』は変装の基本を説明するとき、黒い共通装束ではなく、いくつもの社会的な姿を並べました。
姿を借りるなら、その人らしさも学ぶ
七方出の後半には、放下師、猿楽、常の形が続きます。宗教者と商人に、芸能者と普段着まで加わりました。ここまで来ると、衣装の分類ではありません。どの姿が使えるかは、自分の得意なこと、行き先、相手、目的によって変わります。
芸能者を名乗るなら、芸ができなければ疑われます。宗教者なら、その立場にふさわしい言葉や所作を知らなければなりません。商人なら品物について尋ねられます。見た目だけ似せても、やることが肩書から外れれば、かえって目を引きます。変装は覆い隠す布ではありません。見られても崩れない、一続きの振る舞いです。
ですから七方出を「全員に同じ七種類を覚えさせる制服」と考えるのは、たぶん違います。肩書と自分の得意を組み合わせるための、覚えやすい分け方。そう見るほうが自然です。伝書は名前を並べて選択肢を整理しました。ただし名前だけで、やり方の細かいところまでは書いていません。
七つという数を閉じた一覧にしない
数字の付いた分類は、それだけで完成した体系に見えます。ところが最後に「常の形」が入っています。特別な身なりに替えるだけではありません。その場で普通に見える姿も選べる。まわりに合わせる余地が、最後に残してあります。目立たないことが目的なら、普段着がいちばんよい場合もあります。
ですから、七つのほかに方法が無かった、とも言えません。この一覧は、『正忍記』の編者が覚えやすいように整理したものです。土地が変われば、時代が変われば、自然に見える肩書も変わります。原典の七項目を大事にすることと、それを歴史上ただ一つの変装表にしてしまうことは、別の話です。
虚無僧・出家・山伏・商人——ここから先は分からない
四行を読んでも、歴史上の忍びが全員、七つの職業を身につけていたとは言えません。どの任務で誰がどの姿を使ったのか。何回成功したのか。分かりません。虚無僧や山伏や商人として旅をした人が、みな忍びだったという話でもありません。
七方出が戦国時代を通じて同じ形で使われたとも、この写本だけでは決められません。国立国会図書館が公開する伝本の奥付には寛保三年、すなわち一七四三年の伝授が記されます。『正忍記』自体は名取正澄と延宝九年、一六八一年に結びつけられますが、著者自筆の原本は現在確認されていないと国立国会図書館は説明しています。
確実に言えるのは、次のことだけです。いま残っている『正忍記』の初巻「忍出立之習」に「七方出之事」があり、その書き出しに虚無僧、出家、山伏、商人が並んでいる。忍びの変装を黒い共通装束としてではなく、世の中で読み取られるいくつもの姿として考える。その手がかりが、原典にはっきりあります。
見える姿で、目的を隠す
七方出の面白いところは、忍びを見えない存在にしない点です。人から見られ、話しかけられ、ときには家の中へ招かれる。それでいて、なぜ話を聞いて回るのか、なぜその場所にいるのかは隠したままにする。秘密は、体が消えることで守られるのではありません。相手がその行いをどう受け取るか。そこで守られます。
四つの名前を原文の順に読むと、変装の中心が動いていきます。装束から肩書へ。肩書から、人との関わりへ。黒装束ではない、と否定して終わりません。何を着るかより、誰として受け入れられるか。そこまで問うています。『正忍記』の七方出を通説から一歩離して読む値打ちは、そこにあります。
出典
『正忍記』初巻「忍出立之習」、「七方出之事」冒頭四項目。底本は国立国会図書館所蔵の寛保三年写本・画像二十二コマ。永続的識別子はDOI 10.11501/12865777。国立国会図書館の「忍術書を読んでみよう」は、名取正澄と延宝九年の成立、著者自筆本が未発見であること、写本の奥付に寛保三年の伝授が記されることを説明している。