正忍記を読む · 02

『正忍記』の忍び六具——携えた六つの道具を読む

編笠、縄、石筆、薬、手拭、火を得る竹。初巻の一覧に、目立つ武器はない。六具は何を一組にし、忍びの外見と行動をどう支えたのか。

今回の一節の新規現代語訳

まず、忍びに定められた六つの道具がある。
編笠、かさ縄、石筆、薬、
三尺の手拭、打竹、これらである。

本記事のために原文から新たに作成した現代語訳。『正忍記』初巻「忍出立之習」、六具の冒頭一覧。

原文

先忍に定りたる六具有り。
あみ笠、かさ縄、石筆、薬り、
三尺手拭、打竹、是なり。

国立国会図書館所蔵『正忍記』写本、画像20。引用は英語版と同じ三行のみ。

語句の注

  • 六具
    六つの道具を一組にした呼び方。この三行は、忍びが使う道具をすべて並べた目録ではありません。
  • あみ笠
    編んだ笠。すぐあとの説明によれば、外から顔を見えにくくしながら、自分は編み目ごしに外を見られます。
  • かさ縄
    引用した写本の表記です。国立国会図書館の解説は、六具の一つを「かぎ縄」と紹介しています。どちらかに決めず、ここでは原文のままにしました。
  • 石筆
    石や板に印や文字を書くための筆記具。あとの説明では、忘れないための記録や目印と結びついています。
  • 三尺手拭
    三尺はおよそ九十一センチ。特別な形の武器ではありません。携えやすく、用途を変えられる布です。
  • 打竹
    火を起こすために携える竹の道具。国立国会図書館の解説では「付竹」と紹介されています。写本や翻刻で表記が違う点に注意が要ります。

六具は武器の一覧ではない

忍びの道具と聞けば、手裏剣や鎖鎌のような、戦うための品を思い浮かべます。ところが『正忍記』の三行に並ぶのは、笠、縄、筆記具、薬、手拭、火を起こす道具です。少なくともこの一覧に、攻撃用の武器は入っていません。

六具が置かれているのは、初巻の「忍出立之習」です。何を持って出るかは、何をするかだけで決まりません。どう見えるかにも関わります。編笠や手拭なら、旅人が持っていても不自然ではありません。石筆も薬も小さく、持っているだけで身分がばれる品ではありません。

ありふれているから貧弱だ、という話ではありません。使うときには役に立つ。使わないときには、あたりの景色になじむ。編者は、働きと見た目の両方を考えて、この六つを選んでいます。

六つを一組にする理由

似た用途の道具を六つ並べたのではありません。笠で顔の見え方を変える。縄で移動を助け、物を留める。石筆で覚え書きや目印を残す。薬で体の不調に備える。手拭は布として使い道を変える。打竹で火を起こす。一つずつ役目が違います。

並べ直すと、外見、移動、情報、体、応用、火。困りごとの種類が六つあって、それぞれに小さな答えを一つずつ用意した形です。どれか一つが忍びを代表しているのではありません。場面が変われば、足りないものも変わる。その穴を別々に埋めます。

原文が「六具有り」と、先に数を決めているのも効いています。持ち物を際限なく増やせば、重くなり、目立ち、管理も難しくなります。六つに絞ったから、覚えやすくて持ち運びやすい。ただしこの三行だけでは、それぞれの寸法やしまい方まで決まっていたとは言えません。

編笠は隠すと同時に外を見る

編笠は、顔をすっかり消すための道具ではありません。あとの説明を読むと、外からは顔が見えにくく、自分は編み目ごしに外を見られる、とあります。視線をさえぎる仮面ではありません。こちらは見続けながら、相手には読み取らせない。そういう道具です。

笠なら、旅のためとも、日差しよけとも説明がつきます。顔を隠すためだけの特殊な装備より、まわりに与える違和感がずっと小さい。道具が役に立つかどうかは、性能だけでは決まりません。その場でどんな物に見えるかでも決まります。

『正忍記』は七方出で僧や商人や芸能者の姿を挙げていました。見た目には、必ず世間の読み取り方がついてきます。編笠をかぶれば透明人間になる、という話ではありません。旅人らしい格好のまま、顔から読み取れることを減らす。それだけです。

縄と石筆——移動と記録

縄があれば、高い所を越えられます。物を結べます。体や荷を支えられます。ただし本文のあとの説明は、扱いの細かいところを実物での伝授にゆだねています。名前を文字で覚えることと、実際に安全に使えることは、まるで別です。

石筆のほうは、力を加える道具ではありません。情報を残す道具です。覚え書きに使う。あとで見分けるための印を付ける。そう説明されています。この小さな品が入っているだけで、忍びの仕事が潜り込んだ瞬間で終わらなかったと分かります。見たものを覚え、場所や合図を仲間と分け合う。そこまでが仕事でした。

縄と石筆が同じ六具に入っているので、体の移動と情報の移動が並びます。壁を越えられても、目的を忘れたり目印を見失ったりすれば、そこで終わりです。この一覧を見れば、忍びの仕事が一つの技ではなかったと分かります。いくつもの作業が続いていました。

薬と手拭——身体を持って行動する

薬が入っているので、忍びも病気や不調と無縁ではなかったと分かります。肝心の場面で体が動かなければ、腕があっても道具があっても役に立ちません。この薬は、超人の体を作る秘薬ではないでしょう。体調が崩れて動けなくなる。そこへの備えです。

三尺手拭は、長さだけが決まった、ありふれた布です。あとの箇所にはいくつもの使い方が挙がっていて、帯のあいだにたたんで持つ、とあります。一つの用途に決めない。そこがこの道具の強みです。

布なら身につけていても不自然ではありません。必要になれば、包む、拭う、結ぶ。そのつど働きを変えられます。六具で大事なのは珍しさではありません。持ち運びやすいこと。使い道が広いこと。特別に見えない物が、場面によっては特別な働きをします。

打竹は火そのものではない

打竹は、火そのものを持ち歩く道具ではありません。必要になったときに火を起こすための品です。火があれば、明かりも、暖も、煮炊きも、合図も取れます。同時に、煙と光が出ます。居場所を知らせてしまう危険もあります。

三行のどこにも、いつ、どこで、何のために火を使うかは書いてありません。ですから、六具に入っているという一点から、放火のための道具だと決めることはできません。確かめられるのは、火を起こす手立てを小さくして持ち歩いた、というところまでです。

笠や手拭と同じで、日常の道具としても説明がつきます。六具はどれも、忍びの世界だけで通じる珍奇な品ではありません。当時の暮らしの技術と、そのまま地続きです。

書かれた名称と実地の伝授

六つの名前は短く、覚えやすく並んでいます。けれども名前を知っただけでは、道具の選び方も使い方も身につきません。とくに縄の説明が実物での教えに触れているところを見ると、書物が実地の伝授を丸ごと肩代わりしていないと分かります。

文章にあるのは、何を用意するかという分類と、だいたいの使い道です。実物の強さ、長さ、結び方、その場での判断。そこまでは三行に入りません。六具は完成した取扱説明書ではありません。稽古と判断を整理するための骨組みです。

ですから、後世の想像だけで形を復元して「これが唯一の六具だった」と決めるのは、控えたほうがよいでしょう。写本ごとにも、現代の紹介にも、表記の違いがあります。はっきりしている原文は残す。分からない細かいところは、分からないまま置いておく。それも史料を読む仕事のうちです。

笠・縄・石筆・薬・手拭・打竹——ここから先は分からない

第一に、歴史上の忍びが全員、いつも六品を同じ形で持っていたとは言えません。『正忍記』は教えをまとめた書物です。各地の実際を数えた調査記録ではありません。

第二に、六具が忍びの装備のすべてだった、とも言えません。「定りたる六具」は基本の組です。任務によって、身分によって、土地や季節によって、ほかの品が要る場面もあったはずです。

第三に、ありふれた品だから安全だった、とも限りません。持ち方や使い方が見た目と合わなければ、身近な道具でも怪しまれます。名前を並べただけでは、まわりからどう見られたかまで決まりません。

三行から確かに言えるのは、ここまでです。『正忍記』は、六つの持ち物を基本として並べました。そしてその六つは、武器の威力ではなく、外見、移動、記録、体、応用、火。困りごとの幅を広く覆っています。

目立たない道具を組み合わせる

六具に、それ一つで忍びを表すような華やかな品はありません。だからこそ、忍びの支度が別のものに見えます。珍しい武器を見せびらかすのではありません。小さく持ち歩けて、いくつもの不足に応じられる物を選ぶ。それが支度でした。

編笠で見え方を変える。縄で動きを助ける。石筆で書き留める。薬で体に備える。手拭を場面ごとに使い分ける。打竹で火を起こす。三行の短い目録を、品名ではなく役割の組み合わせとして読んでみてください。『正忍記』の忍びは、奇抜な装備の人ではなくなります。支度をして、その場で判断する人になります。

出典

名取正武『正忍記』初巻「忍出立之習」、六具の冒頭一覧。本文は国立国会図書館デジタルコレクション・画像20で確認した。国立国会図書館の書誌は、名取正武著、渡辺六郎左衛門写、寛保三年(一七四三)書写、DOI 10.11501/12865777、インターネット公開資料として記録する。NDLの三大忍術書の解説は、成立を延宝九年(一六八一)、全三巻とし、忍び六具を紹介している。