信長公記を読む · 03
長篠の三段撃ちは『信長公記』にあるか——原文四行を読む
三列交替射撃のあの図は、本文のどの語に当たるのでしょうか。巻八に書いてあるのは、鉄砲奉行、次々に攻めてくる武田方、物陰から待ち受ける射撃、そして前へ出さない味方の部隊。それだけです。
今回の一節の新規現代語訳
鉄砲およそ千挺を、佐々蔵介、前田又左衛門、野々村三十郎、福富平左衛門、塙九郎左衛門を奉行として配置し、足軽を近くに置いて、信長は御覧になった。
第一陣、山懸三郎兵衛が攻め太鼓を打って攻めかかってきた。鉄砲で激しく撃ち立てられ、退いた。
第三陣には西上野の小幡一党が赤武者で入れ替わって攻めてきた。人数を整え、身を隠すものを盾として鉄砲で待ち受け、撃たせたところ、過半が撃ち倒され、人がいなくなって退いた。
敵は入れ替わって攻めたが、味方の部隊を一隊も出さず、鉄砲ばかりを加え、足軽で応戦して押し倒し、敵に損害を出させて退かせた。
原文
鉄炮千挺計、佐々蔵介、前田又左衛門、野々村三十郎、福富平左衛門、塙九郎左衛門、御奉行として、近々と足軽懸られ御覧候。
一番、山懸三郎兵衛、推太皷を打て懸り来候。鉄炮を以て散々に打立てられ、引き退く。
三番に西上野小幡一党、赤武者にて入替り懸り来る。人数を備へ、身がくしとして鉄炮にて待請け、打たせられ候へば、過半打倒され、無人に成りて引き退く。
御敵入替り候へども、御人数一首も御出し無く、鉄炮計りを相加へ、足軽にて会釈、ねり倒され、人数を打たせ引入るなり。
語句の注
- 鉄炮千挺計
本記事の底本では「鉄砲およそ千挺」。末尾の「計」がおよその数を表します。一挺単位で数えた実数ではありません。 - 御奉行
鉄砲の部隊を受け持つ者。本文は佐々蔵介以下五名を挙げます。射手を三組に分けた指揮官だ、とは書いていません。 - 身がくし
体を隠し、守るもの。ここでは、鉄砲を持つ側が物陰を使って待ち受ける様子です。 - 入替り
前の攻撃に代わって、次の部隊が攻めること。引用のなかでは、小幡一党と「御敵」の動きに使われています。 - 会釈
現代の礼やお辞儀ではありません。相手の攻撃に応じる、あしらう、という意味で読みました。
原文が数えるのは武田方の攻撃順
長篠合戦といえば「三段撃ち」です。織田方の鉄砲隊が三列に分かれ、前列から順に撃っては後ろへ下がる。ところが引用した四行で番号が付いているのは、鉄砲隊の列ではありません。「一番」は山懸三郎兵衛の攻撃。「三番」は西上野の小幡一党の攻撃。数えているのは、攻め寄せる武田方のほうです。
本文にはその間に二番目の攻撃もあり、敵の部隊が次々に出てくる作りになっています。本記事は英語版と同じ抜粋量を守るため、その行を引用に加えていません。それでも「一番」「三番」が何を数えているかは、これだけで分かります。どちらの番号にも、鉄砲を撃つ列という説明は付いていません。
先に配置されるのは「鉄炮千挺計」と、それを受け持つ五人の奉行、そばに置かれた足軽です。あとの叙述は、敵の攻撃を一つずつ受け止める形で進みます。戦いを数える単位は、三列の射撃の周期ではありません。名前のある武田方部隊が、攻めて、退く。その繰り返しです。
「入替り」の主語を取り違えない
三段撃ちを知ってから読むと、「入替り」が交替射撃の証拠に見えるかもしれません。ところが第三行はこうです。「西上野小幡一党、赤武者にて入替り懸り来る」。入れ替わって攻めてくるのは小幡一党です。第四行も「御敵入替り候へども」と、主語は敵方です。
この抜粋に二度出る「入替り」は、武田方の部隊が前の攻撃に代わって出てくる動きです。織田方の射手が前列と後列を交替した、とは書いてありません。語だけを拾わず、誰がその動作をしているかまで読みます。
第四行は、敵が入れ替わっても「御人数一首も御出し無く」と続きます。味方のまとまった部隊は前へ出さない。鉄砲を加え、足軽で応じる。ここに対比があります。敵は攻める部隊を替える。守る側は隊を出して追わず、位置を保って受け止める。この四行で目立つ交替は、そういう対比のなかにあります。
鉄砲は待ち受けて撃つ
第三行の「鉄炮にて待請け」が効いています。鉄砲を持って敵へ突っ込むのではありません。人数を整え、「身がくし」を使って待ち構えます。攻めてくる側の動きに合わせて、守る側が位置と物陰を使って撃つ場面です。
山懸勢には「鉄炮を以て散々に打立てられ」。小幡勢には「過半打倒され」。第四行も「鉄炮計りを相加へ」と、敵の攻撃に応じて鉄砲を足していきます。射撃が何度も効いたことは、はっきり書かれています。
その一方で、どの射手が何発撃ったのか。玉込めの間を誰が埋めたのか。何秒ごとに列を替えたのか。どこにもありません。「待ち受ける」「撃ち立てる」「鉄砲を加える」。動作はあります。射撃の手順はありません。鉄砲を強力に使ったことが書いてあるのと、三列方式が書いてあるのは、別です。
三段撃ちに必要な記述はどこか
本文が三段撃ちを説明しているなら、こう書いてあるはずです。射手を三組か三列に分けた。第一列が撃って退いた。後列が前へ出た。玉込めと射撃を交替させた。引用した四行に、どれも出てきません。
奉行が五人いることも、三列編成の証拠にはなりません。担当者の五人と、射撃列の三段は合いません。各奉行に何挺ずつ割り振ったかも書かれていません。指揮官が何人かいるという事実から、特定の射撃法は復元できません。
「鉄炮計りを相加へ」は、必要に応じて射手や鉄砲を足した、と読めます。順番に一斉射撃した、という意味までは入りません。原文にあるのは、次々に来る攻撃に対して、火器を中心に足軽が応じたこと。三段撃ちの図は、そこにずっと具体的な動作を足しています。
「千挺計」はこの刊本の数字
本記事の底本である一八八一年刊本は「鉄炮千挺計」と書きます。「計」が付いているので、現代語では「およそ千挺」が自然です。この数字は大事ですが、戦場で一挺ずつ数えた確定値ではありません。
『信長公記』には伝本がいくつもあります。数字や字面を論じるときは、どの本文を使ったかを示します。本記事は、英語の姉妹記事と同じ刊本の同じ四行を扱い、その本文が「千挺計」とする事実だけを述べます。別系統の数字を混ぜて、一つの本文に書いてあるかのようには扱いません。
数の大きさばかり見ていると、合戦の組み立てを見落とします。四行がくり返しているのは、攻めてくる部隊、待ち受ける鉄砲、退く敵。この関係です。「何挺あったか」と「どう撃ったか」は別の問いです。およそ千挺という記載から、三列交替方式は出てきません。
千挺、一番、三番、入替り——ここから先は分からない
第一に、この抜粋は、長篠に三段撃ちが絶対になかったことまで証明しません。確かめられるのは、使った本文の四行が三列の交替射撃を説明していない、という一点です。戦場のすべての動作を記録した資料ではありません。書いていないことと、なかったことを、同じにしません。
第二に、鉄砲だけで勝敗が決まったとも言えません。本文には、物陰も、足軽も、攻めてくる部隊も、持ち場を出ない味方も、一緒に出てきます。火器は中心にあります。それでも、地形も、配置も、障害物も、指揮も、敵の攻め方も切り離して「新兵器が旧式の騎馬軍団を倒した」と縮めると、原文にあるいくつもの要素が消えます。
第三に、武田方が一度に、めちゃくちゃに突撃したとも書かれていません。むしろ「一番」「三番」「入替り」と、部隊ごとの攻撃順が並びます。うまくいったかどうかと、組織立っていたかどうかは、別の問題です。
図式を外すと見える戦いの組み立て
三段撃ちという完成した図を、いったん脇へ置いてみます。すると本文だけの戦い方が出てきます。五人の奉行が鉄砲を受け持ち、足軽をそばに置く。武田方の部隊が順に攻める。守る側は物陰を使って待ち受ける。敵が入れ替わっても、味方のまとまった部隊は出さない。鉄砲を足して退かせる。話の中心は、列の回転ではありません。陣地を保ったまま、くり返し来る攻撃を受け止めることです。
鉄砲を軽く見ているのではありません。「三段」という一枚の見取り図に頼らず、原文が実際に書いた強みを拾っています。待つ位置。体を守るもの。前へ出ない部隊。攻撃ごとに足される鉄砲。四行が伝えているのは、火力だけではありません。火力を働かせるための配置と、我慢です。
通説を叩くために原典を使うのではありません。原典の語順と主語から、戦場を組み直します。そう読むと、長篠は「三列が交替したか」という一問には収まりません。攻めと守りが続いた場面として立ち上がってきます。
出典
太田牛一『信長公記』巻八、第四段「三州長篠御合戦之事」。底本は甫喜山景雄刊『我自刊我書』中巻(一八八一年)、国立国会図書館デジタルコレクション・画像六コマ。伝本の背景については、岡山大学附属図書館・池田家文庫「信長記 巻第八」を参照した。同館は池田家文庫本を太田牛一自筆本の系統として記録している。