『雑兵物語』を読む · 01
『雑兵物語』の食べられる縄——荷縄を汁の実にする知恵
芋の茎をより合わせ、味噌で煮て、荷物を縛る。補給が届かなければ、その縄を刻んで汁の具にします。捨てられるはずの物から、陣中の実務が見えてきます。
この記事のための新規現代語訳
その荷縄や桟俵は捨てず、よい状態で取っておけ。
芋の茎を荷縄になって味噌で煮、それで荷を結わえて来たのだから、
その縄を細かく刻んで水に入れ、もみほぐせば、汁の実にもなるだろう。
原文
其荷縄やさん俵を捨てないで、能くして置け。
いものくきを荷縄になつて、味噌で煮て荷を引からげて来たほどに、
其縄を引きざんで水に入れ、こねまわせば汁の実にも成べい。
語句の注
- 荷縄
荷物を結び、運ぶ途中で崩れないようにする縄。ここでは芋の茎で作り、あとで食べられるようにもしてあります。 - さん俵(桟俵)
米俵などの端をふさぐ、円い藁の製品。本文は荷縄と一緒に、捨てずに取っておけと命じます。 - いものくき
里芋の茎。食用に加工したものは「ずいき」とも呼ばれますが、原文は「いものくき」です。 - 汁の実
汁物に入れる具。縄がそのまま汁になるのではありません。刻んでほぐしたものを具にします。 - 荷宰料
八木五蔵の名の上に置かれた役目の名。荷物と運搬を受け持つ立場から助言しています。
「食べられる縄」より先に運搬用の縄がある
珍しい料理を紹介するために縄を持ち出したのではありません。芋の茎をより合わせ、味噌で煮る。それを荷縄にして、荷物を結んで運ぶ。役目を終えたあとも捨てずに取っておけば、食べられる。この順です。
食料を縄の形に隠した、という話でもありません。一つの物に、二つの使い道を持たせています。食べる必要が出るまでは荷を支える。必要になったら刻む。こう切り替えられるのは、出発前に材料を選び、味噌で煮ておいたからです。
最初の命令は「捨てるな」
八木五蔵の言葉は、荷縄と桟俵を捨てるなというところから始まります。荷をほどいてしまえば、縄も俵の端も、役目を終えたごみに見えます。けれども陣中では、補給が遅れれば値打ちが変わります。捨てる前に、まだ使い道が残っていないか見る。これがここでの実務です。
「能くして置け」は、地面に放っておけという意味ではありません。あとで使える状態で保て、ということです。食材に回すなら、衛生も保存も問題になります。ただし抜粋に、しまい方は書かれていません。この一語から近代的な保存基準まで読み込むことはできません。
味噌で煮る工程は事前の準備である
腹が減ってから、そのへんの縄を煮れば食べられる。そういう話ではありません。原文は、芋の茎で縄をない、味噌で煮たものだと指定しています。材料選びも下ごしらえも、荷を結ぶ前に終わっています。いざというときに役立つ仕掛けは、いざというときに生まれたのではありません。運ぶ支度のなかに、はじめから入っていました。
その一方で、味噌がどれくらい染みるのか。何日もつのか。栄養がどれだけ残るのか。書かれていません。史料から分かるのは工程の順番だけです。現代の食品試験の結果ではありません。実際に作ってみずに、味や安全性を決めつけないことです。
刻み、水に入れ、もみほぐす
縄から汁の実に戻すには、ひと手間かかります。「引きざんで」は細かく刻むこと。「こねまわせば」は水のなかでほぐす動きです。より合わせたまま鍋に放り込むのではありません。縄の形をいったん壊して、食べられる具に戻します。
短い三行のなかに、仕事がいくつも並んでいます。材料を縄にする。味噌で煮る。荷を結ぶ。取っておく。刻む。水でほぐす。汁に入れる。面白い思いつきの裏に、加工と運搬を担った人たちの手間があります。奇抜さばかり言うと、その労働が見えなくなります。
荷宰料の声として読む
この箇所には「荷宰料 八木五蔵」という見出しが付いています。『雑兵物語』は、槍、鉄砲、馬、荷物。それぞれに関わる人の語りを並べ、役目ごとの知識を会話の形で見せます。縄を語るこの人も、珍味の専門家ではありません。荷が遅れたり、運搬に失敗したりする場面に備える立場です。
ただし名前が書いてあるからといって、八木五蔵という人の発言を一字一句書き取ったとは証明できません。人名と口語体は、知識を伝えるための仕掛けかもしれません。確実に言えるのは、この助言を「荷宰料」を務める八木五蔵の声に振り分けた、ということです。
兵糧は食物の箱だけではない
行軍中の食べ物といえば、米や味噌をどれだけ積んだかに目が行きます。ところがこの文章は、食料と荷造りの材料の境目を動かします。運搬を支える縄そのものが、補給の届かないときの小さな蓄えになる。兵糧の問題は、中身だけの話ではありません。容器も、結束も、荷役もつながっています。
組織的な補給が要らない、という意味ではありません。荷物が必要なときに届かないこともある。そこへの備えです。縄を食べなければならない場面は、機転の話であると同時に、食料から切り離された人たちの弱さの話でもあります。
桟俵も捨てないという広がり
引用の第一文は、荷縄だけでなく桟俵にも触れています。今回の三行は荷縄の食べ方が中心ですが、同じ節の流れを見ると、荷に付いてくる物を再利用する発想は一品に限られていません。何が中身で何が包みか。足りなくなれば、その区別も組み替わります。
それでも、廃材はみな食べられる、と広げてはいけません。原文が指定しているのは、芋の茎で作り、味噌で煮た荷縄です。材料と下ごしらえを落として「昔の兵は縄を食べた」とだけ紹介すれば、肝心の条件が消えます。
いつの、誰の合戦か
引用箇所に、合戦の名も、城の名も、主君も、国も、年もありません。京都大学の資料目録によれば、谷村文庫が二冊本を所蔵し、著者は角括弧付きで松平信興。下巻の末尾に安政三年五月中旬の朱書があるとも記録しています。これは公開されている伝本の情報です。縄が使われた戦場を教えてくれるものではありません。
国土交通省の解説は、『雑兵物語』を十七世紀の兵や支援役の助言を伝える書とし、一六五七年から一六八三年のあいだの編纂、著者は未詳としています。ですから、桶狭間や長篠といった有名な戦いにこの縄を結びつけることはできません。作品が伝えようとした陣中の知識として読みます。
芋の茎、味噌、刻んで汁へ——ここから先は分からない
この文章だけでは分からないことがあります。芋の茎の荷縄が全国の軍勢の標準装備だったのか。ふだんから食べられていたのか。一隊が何本持っていたのか。助言を書いた文章は、そういうやり方があったと教えてくれます。どれくらい広まっていたかを数えた統計ではありません。
言える範囲は、はっきりしています。『雑兵物語』下巻の八木五蔵の節は、味噌で煮た芋の茎を荷縄に使い、捨てずに取っておき、必要なら刻んで水でほぐし、汁の実にできると教えました。条件と手順まで含めて紹介してこそ、「食べられる縄」は史料の言葉になります。
捨てられる物から陣中を見る
合戦の記録は、勝ち負けや武将の決断を中心に語られます。この一節が見ているのは、荷をほどいたあとに残る縄と俵の端です。そんな物を取っておくかどうかが、補給の遅れた場面では生き死にに関わります。戦場の実務は、武器を握る瞬間だけではありません。何を捨てずに持つか。そこにも出ます。
荷縄を汁の実にする知恵は、面白い。ただし驚くだけで読むと、なぜその知恵が要ったのかを見落とします。運ぶこと、取っておくこと、煮ること。この三つが一本の縄でつながっている。そこに、『雑兵物語』が残した足元の歴史があります。
出典
『雑兵物語』下巻「荷宰料 八木五蔵」、荷縄に関する箇所。底本は九州大学附属図書館所蔵の弘化三年(一八四六)刊本『雑兵物語 下 坤』(松平信興、藤原春日行則校訂、上下二巻二冊)。参考として京都大学附属図書館所蔵の二冊本写本(請求記号 8-21/ソ/1)を校合に用いた。作品の構成、編纂時期、著者に関する留保は国土交通省「雑兵物語:足軽のためのハウツーガイド」を参照した。