『雑兵物語』を読む · 01

『雑兵物語』の食べられる縄——荷縄を汁の実にする知恵

芋の茎をより、味噌で煮て荷物を縛る。補給が届かなければ、その縄を刻んで汁の具にする。捨てられる物から陣中の実務を読みます。

この記事のための新規現代語訳

その荷縄や桟俵は捨てず、よい状態で取っておけ。
芋の茎を荷縄になって味噌で煮、それで荷を結わえて来たのだから、
その縄を細かく刻んで水に入れ、もみほぐせば、汁の実にもなるだろう。

『雑兵物語』下巻「荷宰料 八木五蔵」の荷縄に関する箇所。書籍版とは別に、この記事のために訳した。

原文

其荷縄やさん俵を捨てないで、能くして置け。
いものくきを荷縄になつて、味噌で煮て荷を引からげて来たほどに、
其縄を引きざんで水に入れ、こねまわせば汁の実にも成べい。

京都大学貴重資料デジタルアーカイブ公開写本、下巻54コマで確認し、字体と句読点を整えた。引用はこの三行のみ。

語句の注

  • 荷縄
    荷物を結び、運搬中に崩れないようにする縄。この箇所では芋の茎を材料とし、後で食べる可能性も持たせる。
  • さん俵(桟俵)
    米俵などの端をふさぐ円形の藁製品。本文は荷縄とともに、捨てずに残すよう命じる。
  • いものくき
    里芋の茎。食用に加工したものは一般にずいきとも呼ばれるが、原文は「いものくき」と記す。
  • 汁の実
    汁物に入れる固形の具。縄そのものが汁になるのではなく、刻んでほぐした材料を具にする。
  • 荷宰料
    八木五蔵の名の上に置かれた役目の表示。荷物と運搬を担当する立場から助言が語られる。

「食べられる縄」より先に運搬用の縄がある

この一節は、変わった料理を紹介するために縄を持ち出すのではない。芋の茎をより合わせ、味噌で煮たものを荷縄として使い、荷物を結んで運ぶ。その通常の役目を終えた後も、捨てずに取っておけば食材にできる、という順序である。

つまり、食料を縄の形で隠したというより、一つの物に二つの用途を持たせている。食べる必要が生じるまでは荷を支え、必要になった時に刻まれる。用途の切り替えが可能なのは、出発前に材料を選び、味噌で煮る準備をしていたからである。

最初の命令は「捨てるな」

八木五蔵の言葉は、荷縄と桟俵を捨てないよう命じるところから始まる。荷ほどきをすれば、縄や俵の端材は役目を終えた廃物に見える。しかし陣中では、補給の遅れや不足によって価値が変わる。捨てる前に別の働きが残っていないかを見ることが、ここでの実務知である。

「能くして置け」は、単に地面に放置せよという意味ではない。後で使える状態に保つことを求める。食材への転用には衛生や保存の問題が伴うが、抜粋は具体的な保管方法を説明しない。したがって、この語から近代的な保存基準まで読み込むことはできない。

味噌で煮る工程は事前の準備である

飢えてから普通の縄を煮れば食べられる、という話ではない。原文は、芋の茎を縄になったうえで味噌で煮たものだと指定する。材料の選択と加工は、荷を結ぶ前に済ませている。非常時の役立ち方は、非常時になって突然生まれるのではなく、運搬の準備に組み込まれていた。

一方で、味噌がどれほど染み込むのか、保存期間は何日か、栄養がどの程度残るかは書かれていない。史料から確認できるのは工程の順番であって、現代の食品試験の結果ではない。再現を行わずに味や安全性を断定するのは避けるべきである。

刻み、水に入れ、もみほぐす

縄から汁の実へ移る時、形を戻すための作業が要る。「引きざんで」は細かく刻むこと、「こねまわせば」は水の中でほぐす動作を表す。より合わされたまま鍋に投げ込むのではなく、縄としての構造を崩し、食べられる具の形へ変える。

短い三行の中に、材料を縄にする、味噌で煮る、荷を結ぶ、保存する、刻む、水でほぐす、汁に入れるという複数の仕事が並ぶ。印象的な発想の背後には、加工と運搬を担う人々の手間がある。奇抜さだけを強調すると、その労働が見えなくなる。

荷宰料の声として読む

この箇所には「荷宰料 八木五蔵」という見出しがある。『雑兵物語』は、槍、鉄砲、馬、荷物などに関わる人物の語りを並べ、役目ごとの知識を会話調で示す。ここで縄を語る人物も、珍味の専門家ではなく、荷の遅れや運搬の失敗に備える立場として置かれている。

ただし、名が書かれているからといって、八木五蔵という人物の発言を一字一句記録した聞き書きだとは証明できない。人物名と口語的な文体は知識を伝える枠組みでもありうる。確実に言えるのは、作品がこの助言を「荷宰料」の役目を負う八木五蔵の声に配したことである。

兵糧は食物の箱だけではない

行軍中の食を考える時、米や味噌をどれだけ積んだかに目が向きやすい。だがこの文章は、食料と荷造り資材の境界を動かす。運搬を支える縄そのものが、補給が届かない時の小さな予備になる。兵糧の問題が、内容物だけでなく容器、結束、荷役と結びついていることを示す。

これは組織的な補給が不要だという意味ではない。むしろ、荷物が必要な時に届かない可能性を想定した補完策である。縄を食べる必要がある状況は、機転の物語であると同時に、食料から切り離された人々の弱さを表している。

桟俵も捨てないという広がり

引用の第一文は荷縄だけでなく桟俵にも触れる。今回の三行では荷縄の食べ方が中心だが、同じ節の流れは、荷に付随する物を再利用する発想を一つの品に限定していない。何が本体で何が包装かという区別は、欠乏時には組み替えられる。

それでも、すべての廃材が食べられると一般化してはならない。原文が指定するのは、芋の茎を縄にし、味噌で煮た荷縄である。材料と事前処理を落として「昔の兵は縄を食べた」とだけ紹介すれば、肝心の条件が消えてしまう。

いつの、誰の合戦か

引用箇所には合戦名、城名、主君、国、年がない。京都大学の資料目録は、谷村文庫の二冊本を所蔵し、著者を角括弧付きで松平信興とする。また下巻末には安政三年五月中旬の朱書があると記録する。これは公開伝本の情報であり、縄が使われた特定の戦場を示す情報ではない。

国土交通省の解説は、『雑兵物語』を17世紀の兵や支援役の助言を伝える書とし、1657年から1683年の間の編纂、著者未詳という慎重な位置づけを示す。したがって、桶狭間や長篠など有名な戦いにこの縄を結びつけることはできない。作品が伝えようとした陣中の知識として読むのが安全である。

この三行が証明しないこと

この文章だけでは、芋の茎の荷縄が全国の軍勢の標準装備だったこと、日常的に食べられたこと、一隊が何本携えていたかも分からない。規範や助言を記した文章は、実践の可能性を示すが、普及率を測る統計ではない。

証明できる内容は具体的である。『雑兵物語』下巻の八木五蔵の節は、味噌で煮た芋の茎を荷縄として使い、捨てずに保存し、必要なら刻んで水でほぐし、汁の実にできると教える。条件と手順を含めて紹介してこそ、「食べられる縄」は史料の言葉になる。

捨てられる物から陣中を見る

合戦記録は勝敗や武将の決断を中心に語りやすい。この一節が見つめるのは、荷ほどきの後に残る縄と俵の端である。目立たない物を残す判断が、補給の遅れた場面では生存に関わる。戦場の実務は、武器を扱う瞬間だけでなく、何を捨てずに持つかにも現れる。

荷縄を汁の実にする知恵は興味深い。しかし、驚きだけで読めば、なぜその知恵が必要だったかを見失う。運搬、保存、調理が一つの物を介してつながるところに、『雑兵物語』が残した足元の歴史がある。

出典

『雑兵物語』下巻「荷宰料 八木五蔵」、荷縄に関する箇所。原文と見出しは京都大学貴重資料デジタルアーカイブ公開写本54コマで確認した。二冊本、請求記号8-21/ソ/1、松平信興への角括弧付き著者表示、下巻末の書写注記は同館の資料目録による。作品の構成、編纂時期、著者に関する留保は国土交通省「雑兵物語:足軽のためのハウツーガイド」を参照した。