『雑兵物語』を読む · 02
騎馬武者には馬から撃つ——鉄砲足軽の距離と役割
騎馬の敵へ何を狙うのか。距離が詰まり、弾が尽きたら何をするのか。鉄砲足軽小頭の語りは、武器を一つの役目へ固定しません。
この記事のための新規現代語訳
馬上の敵には、まず馬を撃ち、そのあとで人を撃つのがよいでしょう。
また時によっては、乗っている者を撃ち落とし、放れ馬を走らせて敵の人数を騒がせることもできます。
すぐ近くまで押し詰められたなら、左右へ分かれ、槍の戦いを始めなさい。
胴乱一杯の弾薬を撃ち尽くしたら、太い朸杖を引き抜き、鉄砲を腰に下げ、刀を抜いて敵の手足を狙って斬りなさい。
原文
馬上の敵は、先馬をはじいて後に人を打よし。
又時により、乗たるものを打おとし、はなれ馬をして、敵の人数をさわがす事も有べし。
間近くおつつめたらば、左右へ分て、鑓の勝負を始むべし。
胴乱一杯ぶちまけたらば、朸杖をひん抜いて、鉄炮を腰にひつぱさげて、刀を抜て敵の手足をねらつて切めされい。
まず場面を時間の順に並べる
四つの指示は、ばらばらの豆知識ではありません。まだ射撃できる距離では、馬か人を狙います。敵が間近へ来れば左右に分かれます。槍の戦いが始まり、弾薬も尽きたら、鉄砲を腰へ下げて刀を抜きます。距離と残弾が、次の行動を決めます。
鉄砲足軽という呼び名から、最後まで鉄砲だけを撃つ姿を想像すると読み違えます。火縄銃には装填の時間が必要です。近づかれれば、その時間を取れません。担当する武器は決まっていても、戦場での仕事まで一つとは限りません。
しかも使えなくなった鉄砲を捨てません。腰に下げます。次の瞬間には刀が必要でも、銃は高価な装備であり、戦いのあとにも使います。今の役目を終えた物と、不要になった物を分けています。
馬を先に撃つ——ただし一つの答えではない
最初の文は、馬上の敵なら馬を先に撃ち、そのあとで人を撃てと教えます。大きな馬を倒せば、騎手の速さと高さを奪えます。地面へ落ちた相手には、次の攻撃が届きやすくなります。
ところが続く文では、先に騎手を撃ち落とす方法も認めます。主を失った馬が走れば、敵の隊列を騒がせることがあるからです。「時により」という短い言葉が大切です。馬を狙う順番を絶対の決まりにはしていません。
どのような時に使い分けるのか。本文は詳しく書きません。距離、角度、馬の勢い、敵味方の密度などを考えられますが、ここから数値は出せません。二つの選択肢があり、周囲への効果まで見て狙いを変える。確認できる範囲はそこまでです。
一人を倒すことと隊列を乱すこと
騎手を撃つ案では、放れ馬が「敵の人数をさわがす」とあります。狙った一人の負傷だけで射撃を評価していません。馬が走り込み、別の兵が避け、並びが崩れる。射撃の効果を周囲へ広げて考えます。
ここに戦場の動きがあります。馬と人は、別々の標的であると同時に一組です。その結びつきを切れば、残った側が別の作用を起こします。馬を倒すか、騎手を落として馬を残すか。どちらを選ぶかで、その後の空間が変わります。
ただし、放れ馬が必ず敵だけを乱すとは限りません。味方へ走ることも考えられます。本文は成功を保証していません。「こともある」と可能性を述べます。作戦の結果を確実なものへ言い換えない注意が要ります。
左右へ分かれるのは共同の動きです
敵が迫ったら、鉄砲足軽は左右へ分かります。その直後に槍の勝負が始まります。正面を空けるためか、突進を避けるためか、槍を持つ者の場所を作るためか。理由は一つに決められません。それでも、個人が好きな方向へ逃げる話ではないことは分かります。
何人かが同時に左右へ動くには、互いの位置を知り、合図に応じなければなりません。発砲後の煙や音の中でも、隊列の約束が働く必要があります。鉄砲の威力だけを取り出すと、次の動作を支える訓練が抜け落ちます。
槍が出るという記述も重要です。一対一の勝負ではありません。鉄砲、槍、刀を持つ者が、距離に応じて同じ場所を使います。武器の長所は、別の武器へ場所を譲れる隊の動きと組み合わさります。
胴乱と朸杖——残弾が消えたあとの道具
- 胴乱
腰に付ける容器です。この場面では早合などの弾薬を収めます。「一杯ぶちまける」は、中身を撃ち尽くす流れです。 - 朸杖
装填や詰まりの処置に使う太い棒。字形や読みには異同があります。章の前半でも、鉄砲の不具合に備える道具として出ます。 - はじく
この語りでは鉄砲を発射することです。弦をはじく意味へ限定せず、章全体の使い方から読みます。 - 間近くおっ詰める
敵との間隔が急に狭まり、射撃と再装填の余裕がなくなる場面です。
胴乱の中身がなくなると、銃手の選択肢が減ります。しかし道具の扱いは続きます。朸杖を抜き、鉄砲を腰へ下げ、刀を抜く。手順が細かいのは、長い銃と棒を持ったままでは、刀へ移れないためです。
戦場での切り替えは、頭の中の判断だけでは済みません。手を空け、道具を落とさず、味方へぶつけず、次の武器を取る必要があります。装備の置き場まで決めておかなければ、急いだときに体が止まります。
刀は手足を狙う
刀を抜いたあと、敵の手足を狙えと命じます。続く原文では、兜の正面を打てば、雑兵が持つ刀は鍋の鉉のように曲がるだろうと説明します。勇気があれば鉄を断てる、という美談ではありません。防具と刀の質を見て、刃の届く所を選びます。
手足は、鎧や兜の中心部より露出しやすい場所です。相手の攻撃や移動も止められます。ここでも、目立つ中心を狙うより、効く場所を狙います。馬か騎手かを選んだ射撃と、同じ考え方が近接戦でも続きます。
雑兵の刀が曲がるという言い方には、装備の格差も入っています。名刀を持つ武将の物語ではありません。限られた道具を持つ者が、鎧を着た敵へどう対処するか。その現実から助言が組み立てられています。
朝日出右衛門は実在の聞き取り相手か
章の見出しには「鉄炮足軽小頭 朝日出右衛門」とあります。語り口はくだけており、目の前の兵へ話しかけるようです。名前と声があるため、ある足軽の証言をそのまま記録したように感じられます。
しかし、公開されている伝本だけから、一字一句の聞き取り記録だとは証明できません。『雑兵物語』は、武器や役目ごとに名を付けた語り手を並べます。編集者が実務知識を集め、人物の声へ整えた可能性も残ります。
安全に言えるのは、鉄砲足軽小頭という役目へ、この助言を割り当てたことです。戦略を決める大将ではなく、火縄、早合、朸杖、味方との間隔を知る者の言葉として伝えました。知識の置き場所そのものが史料になります。
特定の合戦を再現した記録ではありません
抜粋には、合戦名、城、国、主君、年がありません。長篠の戦いや鉄砲隊の一斉射撃へ結びつけたくなりますが、その根拠はここにありません。描いているのは、騎馬の敵が迫る一般的な場面です。
刊本の公開画像は弘化三年、すなわち一八四六年の版です。作品が伝える軍事知識と、現存する印刷物の年代も分けなければなりません。国土交通省の解説は編纂を十七世紀後半に置き、著者未詳とします。戦国の経験を伝える書でも、今回見た紙面が戦国期に刷られたわけではありません。
また、教えが書かれたことと、すべての部隊が実行したことは別です。恐怖、負傷、火薬の不足、雨、故障があれば、指示通りに動けないこともあります。規範は期待された行動を教えますが、実行率を数えた記録ではありません。
一発の威力より、次へ移る力
この場面には、鉄砲だけで勝負が決まる瞬間がありません。標的を選ぶ。放れ馬が生む混乱を見る。接近されたら左右へ動く。槍へ場所を渡す。弾が尽きれば銃をしまい、刀で手足を狙う。行動は連続しています。
優れた武器を持つことと、その武器が使えない瞬間へ備えることは別です。朝日出右衛門の助言は、故障、火縄の立ち消え、装填、携行まで扱います。うまく撃てる場面だけを教えていません。失敗と接近のあとにも動けるようにします。
騎馬武者へ馬から撃つという一文は目を引きます。けれども核心は、馬だけではありません。敵との距離、隊の位置、残った弾、手にある武器が変わるたび、狙いと役目を変えます。『雑兵物語』が残したのは、一つの必勝法ではなく、選択肢が減っていく中で次へ移る実務です。
出典
『雑兵物語』上巻「鉄炮足軽小頭 朝日出右衛門」。本文は国立公文書館所蔵本を公開する『雑兵物語1』公開PDF(弘化三年〔一八四六〕刊、画像八)で確認した。別系統の伝本情報は京都大学貴重資料デジタルアーカイブの谷村文庫二冊本を参照した。字体は原文欄に残し、句読点と改行を記事用に整えた。