『司馬法』を読む · 04

陣を作るより難しいこと——『司馬法』厳位の三つの難

陣形を知っていても、兵がその陣に入れるとは限りません。陣に入れても、戦場で働けるとは限りません。『司馬法』厳位を読むと、形を作るところから実行までが三段に分かれます。

現代語訳

戦いでは、陣形を作ることが難しいのではない。人々を陣形につけるようにすることが難しい。
人々を陣形につけるようにすることが難しいのではない。人々を実際に用いられるようにすることが難しい。
知ることが難しいのではない。実行することが難しい。

『司馬法』第四篇「厳位」。兵を固めた後も進み切ってはならないと戒めたあとで、陣形、人の働き、実行へと話を進める箇所です。直後には、人の性と土地ごとの習いの違いが続きます。

原文

凡戰:非陳之難,使人可陳難;
非使可陳難,使人可用難;
非知之難,行之難。

『司馬法』第四篇「厳位」の三行、句読点と空白を除いて二十八字です。汪桓訂正『標題武経七書全文』巻三所収の司馬法に当たる箇所です。句読点と三行の区切りを補いました。

語句の注


  • 兵を並べた形です。ここでは「陣」と同じ働きで使われています。
  • 使人可陳
    人々が陣形につけるようにすることです。陣図を知るだけでは足りません。
  • 可用
    実際の場で用いることができる状態です。一つの動きを再現できるだけとは限りません。

  • 何をすべきか知ることです。最後の行では実行と対にされています。

  • 知ったことを実際に行うことです。ここでは戦陣の文脈を離れません。

形を整えたところが終点ではない

陣形には目に見える輪郭があります。前後を分ける。列をそろえる。間隔を保つ。兵が所定の場所に立てば、ひとまず形は完成します。

そのため、図で説明しやすい。後世の読者も追いやすいでしょう。どこに誰を置くか。どちらへ向けるか。紙の上なら線と印で表せます。

ところが書き出しは、陣を作る難しさを主題にしません。難しいのは、人を陣につけることだと言います。形より先に人を見るのです。

短い転換です。けれども重い。盤上の駒なら、置けば済みます。人は違います。

兵は盤上の駒ではない

兵は命令を聞きます。自分の位置を理解します。隣の組と歩調を合わせます。合図が出れば進み、別の合図なら止まります。陣形が成り立つまでに、いくつもの動作が要ります。

恐れもあります。疲れもあります。声が届かない場合もあるでしょう。地面が悪ければ、稽古どおりには動けません。人が陣につくとは、単に場所を埋めることではないのです。

原文に訓練の手順はありません。それでも、陣の形と人の能力を分けています。命令文を書けば軍が動く、とは考えていません。

「使人可陳」は指揮する側へ返ってくる

「使人可陳」の主語は、陣そのものではありません。人を陣につけられるようにする者がいます。将や指揮に携わる者です。

兵が動けなかったとき、兵だけを責めれば話は簡単です。けれども「使」の字を読むと、準備した側の仕事が残ります。合図を教えたか。列の変え方を練習させたか。命令を聞き分けられる状態だったか。

三行から個々の稽古法までは分かりません。ただし、できない人へ命令を重ねるだけでは、陣にならないことは読めます。指揮する者は結果を求めます。その前に能力を備えさせる必要があります。

陣に入れる人を、実際に用いられるか

第二行でも、同じ言葉が繰り返されます。「人を陣につけられるようにすることが難しいのではない」。第一行で難所とされたものが、次の行では通過点になります。

訓練で列を作れた。そこで合格とはなりません。次は、その人々を用いられるかが問われます。陣形の再現と、実戦での働きは別です。

戦場では条件が変わります。相手も動きます。時刻も地形も同じではありません。大きな音がします。損害が出れば、列も欠けます。そこでなお命令に応じられるか。第二の難は、そこにあります。

一つできることと、融通が利くこと

決まった順に動けば、決まった陣へ入れるかもしれません。しかし、予定外の事態が起これば別です。進むだけでなく、止まる必要があります。分かれた後で集まる場合もあります。

厳位篇の周辺には、進退や合図、恐れ、疲れに関わる言葉が並びます。兵を用いるとは、一枚の陣図を完成させる作業ではありません。変わる条件の中で、まとまりを失わずに動かすことです。

だから「可陳」と「可用」を分けたのでしょう。形を再現できる力は必要です。けれども、それだけでは足りません。

知ることから行うことまで

第三行は、さらに短くなります。「知ることが難しいのではない。行うことが難しい」。よく知られた教訓のようにも読めます。

ただし、ここだけを切り離すと広がりすぎます。厳位篇で語られているのは戦いです。直前まで、陣に入ることと、兵を用いることが論じられていました。

将が正しい陣を知る。兵も自分の役目を知る。それでも、危険が迫った瞬間に動けるとは限りません。知識は必要です。最後に実行へ届かなければ、戦場では完了しません。

「知は不要だ」とは書かれていません。むしろ、知った後に残る難しさを数えています。

三度の「難」が段差を作る

三行には「難」が繰り返されます。最初は陣形です。次は人を陣につける力です。さらに、人を用いる力へ進みます。最後は知識と実行です。

前の難所を越えるたびに、次の難所が現れます。陣図を作れた。それだけでは足りない。兵が並べた。それでも足りない。用い方を知った。まだ実行が残る。

どこで止まったかを考えやすい並べ方です。形が悪いのか。訓練が足りないのか。状況に応じて用いられないのか。知っていても実行できないのか。失敗を一つの言葉で片づけません。

直前の「進み尽くすな」とつながる

引用箇所の少し前では、固めた後に重ねすぎず、進んでも尽くしてはならないと戒めています。進み切れば危うい。勢いだけに任せません。

その後に三つの難が来ます。兵を前へ出すことより、使える状態を保つ方が難しいと読むことができます。命令どおり進んだ事実だけでは、指揮の成功になりません。

止められるか。変えられるか。次の命令にも応じられるか。用いるという語には、行動の先まで見通す責任があります。

後ろに続く人の性と土地の習い

三行の直後では、人の性はそれぞれであり、土地によって違い、教えによって習いができると続きます。人を同じ材料として扱わない書き方です。

育った場所や身につけた習慣が違えば、命令の受け取り方も一様ではないでしょう。共通の動きを求めるなら、教える側が違いを越えなければなりません。

陣形は一つでも、そこへ入る人々は同じではありません。直後の言葉まで読むと、「使人可陳」が一度の号令で済まない理由がよく分かります。教えが習いになるまで、時間が要ります。

命令が届かないとき

戦場で動きがそろわなかった場合、原因はいくつも考えられます。命令を知らなかった。知っていても合図を聞けなかった。合図を聞いても、恐れで動けなかった。動けても、変化へ対応できなかった。

三行を読むだけでは、その違いの細かな分類までは分かりません。けれども、陣、可陳、可用、知、行を分けました。どれも同じ「できなかった」ではありません。

この区別があるから、罰だけで解決しようとする読みを避けられます。何を教え、何を練習し、どこまで用いる準備ができていたか。将の側も確かめなければなりません。

図だけで古代の陣を読まない

古い兵法書を読むとき、陣形図は魅力的です。兵の配置が一目で分かります。複雑な説明も、図なら追いやすい。

しかし図には、疲れた足も、聞き違えた合図も描かれません。恐れて立ち止まる人もいません。形だけを見ると、兵が最初から思いどおりに動くように感じてしまいます。

『司馬法』の三行を読めば、図の外へ目が戻ります。誰がその形に入るのか。入った後も働けるのか。知ったことを行えるのか。古代の陣を考えるとき、これらも同じ重さで問う必要があります。

稽古で一度できれば十分なのか

陣形の稽古が成功したとします。兵は合図に従い、列を作れました。指揮する者は、ひとまず成果を確かめられます。

それでも「可用」まで届いたとは限りません。同じ場所、同じ人数、同じ順序なら動けた。条件が一つ変わった後も動けるかは、まだ分からないからです。

列の一部が欠ける。予定より早く敵が来る。後ろから別の命令が届く。そうなれば、覚えた動きをなぞるだけでは済みません。仲間の位置を見て、自分の次の動きを選ぶ必要があります。

原文に試験の回数はありません。ただ、「陣につける」と「用いられる」の間を分けています。一度の成功だけで後者まで保証しない。そう読むと、第二行の厳しさが分かります。

「知っている」という返事を疑う

命令を説明した後で、兵が「分かった」と答えることはできます。将も作戦を理解したと言えるでしょう。しかし、言葉で答えられることと、危険の中で行えることは別です。

第三行を読んでも、知識を軽んじているとは受け取れません。知る段階を終えたつもりになった人へ、次の確認を求めています。実際に動けるか。途中で条件が変わっても、知った内容を使えるか。

ここまで来ると、三つの難が一本につながります。陣図を覚える。体を動かして陣へ入る。状況に応じて兵として働く。最後に、知識を行動へ移す。説明を聞いただけでは、最初の入口を出ません。

分かりました、で終えない。短い一言です。

三行から言える範囲

三行を読むと、陣形、訓練された能力、実際の運用、知識、実行は同じものになりません。形が整っただけでは、兵を用いたことになりません。知っているだけでも終わりません。

一方、具体的な陣形の名や訓練日程は書かれていません。地域ごとの兵の優劣も述べていません。兵が動けない場合の罰則を定めた箇所でもありません。

範囲を守れば、三つの段差が残ります。人を並べる。働けるようにする。知ったことを行う。将が扱う難しさは、陣図の線より深いところにあります。

出典

『司馬法』第四篇「厳位」、陣形、人の運用、知識と実行を三段に分ける箇所による。原文は中國哲學書電子化計劃所収の『司馬法』厳位でも確認した。同サイトは活字テキストであり、版本の影印ではない。和刻本には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一〜七(大坂・文金堂、江戸末期)がある。『司馬法』は巻三。早稲田大学図書館蔵、請求記号文庫31 E1920。