『孫子』を読む · 05

勝てない形を先に作る——『孫子』軍形篇

軍形篇の冒頭で、先に語られるのは敵を倒す方法ではありません。まず、自軍が敗れない備えを整えます。そのうえで、敵に勝てる時を待ちます。

今日の一節を現代語で読む

孫子は言いました。昔、戦いに巧みだった者は、まず自軍を敵が勝てない状態にしてから、敵に勝てる時を待ちました。
敵がこちらに勝てないようにする備えは、自分の側にあります。こちらが敵に勝てる隙は、敵の側にあります。
だから戦いに巧みな者は、敵が自軍に勝てない状態を作れます。しかし、敵を必ず勝てる状態にすることはできません。
そこで、「勝てると知ることはできても、勝てる状態を無理に作り出すことはできない」と言うのです。

『孫子』軍形篇の冒頭です。篇はこの後、「勝たれない側」と「勝てる側」を守りと攻めに分け、深く隠す守りと高みから動く攻めへ話を進めます。

原文

孫子曰。昔之善戰者、先為不可勝、以待敵之可勝。
不可勝在己、可勝在敵。
故善戰者、能為不可勝、不能使敵之必可勝。
故曰。勝可知、而不可為。

『孫子』軍形篇冒頭の四行。空白と句読点を除いて五十四字。汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一の画像二十三で確認し、通用字体、句読点、改行を整えました。

語句の注

  • 軍形
    軍の態勢や、勝敗が外に現れる形を論じる篇名です。
  • 不可勝
    相手が勝てないことです。ここでは、自軍が敗れないように備えた状態を指します。
  • 可勝
    勝てることです。引用では、敵が隙をさらし、こちらから勝てる状態になった場合を言います。
  • 在己・在敵
    「自分の側にある」「敵の側にある」という対です。できることの範囲を分けます。
  • 為
    作る、行うという字です。同じ字を使いながら、自軍の備えは作れても、敵の隙までは作れないと分けています。

最初に整えるのは自軍です

軍形篇は、敵の弱点を探す場面から始まりません。先に自軍を整えます。順番がはっきりしています。

「不可勝」は、絶対に負けないという予言ではありません。敵が勝てないように備えることです。守り、規律、配置、補給。何を含むかは、この四行だけでは尽くせません。それでも、自分の側で手を付ける事柄だとは読めます。

敵を動かす前に、自分を崩れにくくする。短い。

ここには、華やかな勝ち方が出てきません。奇襲も名将の逸話もありません。あるのは準備です。勝利を語る篇なのに、書き出しは敗北を避ける側から始まります。

「在己」と「在敵」で線を引きます

二行目には、二つの場所が並びます。己と敵です。

自軍が敗れないように備える仕事は、こちらにあります。訓練を怠るか。命令を乱すか。守るべき所を空けるか。そうした過ちは、自軍の側で減らせます。

しかし、攻めれば必ず勝てる隙は敵の側にあります。敵が備えを固め、形を隠し、軽率に動かなければ、こちらの都合だけで好機を出させることはできません。

できることと、できないこと。ここが分かれ目です。

「自分の努力で何でもできる」とは書かれていません。反対です。自分で整えられる範囲を尽くしながら、相手の状態までは支配できないと認めています。

同じ「為」が二度出ます

三行目では、「為」が二度働きます。善戦者は不可勝を「為す」ことができます。ところが、敵を必ず勝てる状態に「為す」ことはできません。

前半は肯定です。後半は否定です。

この対照によって、備えと好機が別物になります。自軍の態勢は作れます。敵の隙は注文できません。望めば現れるものでもありません。

だから、準備だけで勝利が完成するわけではありません。準備は、負けにくい側へ進むための仕事です。勝つには、さらに敵の状態を見なければなりません。

一方だけでは足りません。

「待つ」は何もしないことではありません

一行目の「待」は、手を休める場面に見えるかもしれません。けれども、その前には「先に不可勝を為す」とあります。

先に仕事を終える。その後で待つ。

何の備えもせず、運よく敵が崩れるのを願う話ではありません。こちらが崩れにくい状態を保ちながら、敵の形が変わる時を見ます。

次の段では、勝たれない側を守り、勝てる側を攻めとします。待つ間にも、守りの形があります。観察も続きます。好機が来た時、動ける態勢も要ります。

静止とは違います。

備えは心構えだけでは終わりません

「まず負けないようにする」と聞くと、慎重な気持ちを保つ話に寄せたくなります。けれども軍形篇は、心の持ち方だけを語る篇ではありません。

続く段には守りと攻めがあり、さらに地、度、量、数、称、勝という連なりが出ます。土地を測る。量を考える。数を得る。比べる。そうして勝敗の形を論じます。

備えには手触りがあります。

兵が集まっているだけでは足りません。命令が届くか。位置が合っているか。守る所が空いていないか。食糧や移動に無理がないか。軍の状態を具体的に確かめなければ、「不可勝」は口先の安心に変わります。

引用の四行は、細目を列挙していません。しかし、同じ篇の展開を読むと、気合だけで敗北を遠ざける話ではないと分かります。形を整えるには、測り、比べ、配置する仕事が要ります。

敵の隙を願望と取り違えない

敵に勝てる状態は敵の側にある。この一言は、観察する者にも厳しい要求を突きつけます。

攻めたい時ほど、敵の弱さを見つけたくなります。退いた動きを恐れと決める。沈黙を混乱と決める。遅れを疲労と決める。そう読めば、どの動きも好機に見えます。

しかし、それは敵の隙ではなく、こちらの願望かもしれません。

「可勝在敵」と読むなら、相手の実際の状態を確かめる必要があります。こちらが攻めたいという事情は、敵を弱くしません。判断を急ぐ理由にもなりません。

好機を待つとは、望んだ形を敵へ押し付けないことでもあります。敵が備えているなら、その事実を受け入れる。まだ攻められないなら、攻めない。見誤らないことが先です。

勝てると知ることと、勝ちを作ること

結びは「勝可知、而不可為」です。勝てるかどうかは知り得ます。しかし、勝てる状態そのものを一方的には作れません。

「知る」は、占いのように未来を言い当てることではありません。直前の文を受ければ、自軍の備えと敵の隙を見分けることです。条件がそろえば、勝てると判断できます。

ただし、判断した者が敵の側の条件まで生み出せるわけではありません。敵にも判断があります。守ります。形を隠します。

勝算と強制は別です。

ここを混ぜると、「勝てると分かったのだから、すぐ攻めればよい」と読んでしまいます。本文は、むしろ攻める前の限界を言葉にしています。

守りと攻めの前にある区別

引用の直後には、「不可勝なる者は守なり。可勝なる者は攻なり」と続きます。守りと攻めが、ここで初めて名づけられます。

その前に、己と敵の区別があります。自軍で整えられること。敵の側に現れること。

守るか攻めるかは、気分で選ぶ二つの姿勢ではありません。どちらの条件があるかを見て分かれます。敵に勝てる隙がまだ無いなら、攻める側へ移れません。

己と敵の区別を外すと、守りは消極性、攻めは勇気という話になりがちです。軍形篇では、感情より先に条件を確かめます。

この四行だけでは言えないこと

「不可勝」は、永久の安全を約束しません。どれほど備えても、状況は変わります。

敵の隙を待つことも、だまし討ちだけを指しません。どの方法で隙を見いだすかは、この抜粋では決まりません。

守りを常に上、攻めを常に下ともしていません。続く本文では、条件に応じて両者を分けます。

現代の仕事術や投資法にもなりません。ここで論じられているのは、軍の勝敗です。別の分野へ移すには、別の根拠が必要です。

そして、戦争の正当性も決めません。勝てる条件と、戦うべき理由は同じ問いではありません。

勝利より先に、敗れない側を作る

軍形篇冒頭の四行は、勝利を二つに分けます。自軍で整えられる備えと、敵の側に現れる隙です。

先にできるのは前者です。後者は待たねばなりません。

ここで善戦者の力は、何でも思いどおりにする力ではありません。自軍の仕事を見失わず、敵の条件まで自分の所有物にしない判断です。

勝ちを急ぐ前に、敗れない形を整える。軍形篇はそこから始まります。

先に自軍を省みる。敵の隙は、敵の実情に即して読む。二つを混ぜなければ、待つ時と動く時を分けられます。短い四行ですが、勝敗を考える入口は明瞭です。

出典

『孫子』軍形篇。原文は中國哲學書電子化計劃所収の『孫子』および汪桓訂正『標題武経七書全文』で確認した。和刻本には、汪桓訂正『標題武経七書全文』巻一(大坂・文金堂、弘化三年)がある。早稲田大学図書館蔵、請求記号イ13 00931。該当箇所は第一冊の画像二十三。